Lily's

 

「ラビ先生。」
「ん〜?」

呼ばれたのは、午前最後の患者が帰って直ぐのことだった。
医療道具の片づけをおこなっていたはずの看護婦兼助手(のミランダ・ロットー)が
仕切りで仕切られた向こう側から声をかけてきた。
仕切りの向こうはこの専用治療室唯一の出入り口となっている。


「どうしたんさ、ミランダ?」

ミランダ・ロットーは優秀だ。
優秀ではあるのだが、その性格からか突拍子も無いミスを起こすことが多い。
勿論医療ミスだとかそんな大それた事ではない。
治療のため、医療道具をトレイに乗っけてこっちに持ってくる時に、何も無い処でこけたり、
患者を呼びに行って、逆に自分が怪我して患者となって帰ってきたり・・・。



「ミランダ?」
どうせまた怪我でもして帰ってきたのだろう。
再度声をかければ、はっとしたような声が聞こえた。

「?」
「えっと・・・そのぉ・・・。」
「ん?」

「アレラビィ!!!!!!」「どわさ!!!!!!!ン君がいらっしゃいました・・・。と・・・
遅いし!!!

仕切り及び目隠しとして活用している仕切りを押し倒し(これは修理が必要だろうか?)、
お前は何処の犬ヤロウだ。と叫びたくなるくらい、元気な患者(もとい、俺が愛して病まない恋人)が
文字通り元気好く俺目掛けてタックルをかましてきた。

「お昼ですよぉ、ご飯食べに行きましょ?」
小首を傾げて上目遣いに超絶笑顔で告げたアレン・ウォーカー。

「アレン君、ラビ先生、・・・返事できそうに、無いんだけど・・・?」
「え、アレ?ラビィ?どうしたんですか?寝るには早いでしょぉ?僕を置いて勝手に寝ないで下さいよぉ!!!」
寝かし付けては何処のどなたですか!!!
叫びそうになる心を押さえ込み、俺の背中に馬乗りになるアレンへと視線を送る。

「??」
「アレン、とりあえず、最大級の愛情表現アリガト。」
「どういたしまして。」
「うん、でも欲を言うならもっと優しく声かけて欲しいな。」
「ラビは嫌いでしたか?」
「アレンからなら大歓迎なんだけどさ、いかせん、俺の身体が持ちません。」

「ラ、ラビ先生・・・。」
「ん?ああ、ミランダサンキュー。悪かったさ。もう飯行って良いさ。」
「は、はぁ・・。それじゃ、アレン君、ごゆっくり。」
「はぁあい。また会いましょうね!!ミランダさん。」
人の惚気程、辛いモノはない。ミランダはそう呟いて部屋を後にした。


「さて、アレン。」
「はい?」
「とりあえず起きるから、どいてくれさ。」
「はぁい。」
「うん、良いお返事だこと。」
アレンが返事とともに俺の上から避ける。
それを良いことに、身体を起こし、ごちゃごちゃになってしまった机の上一式を直す。

「アレン、何処食べに行くさ。」
「ジェリーさんとこが良いです。」
「院内食堂?まぁた、アレン。部外者が何を言ってらっしゃるのかなぁ?」
「ええ、でも・・・ジェリーさんもコムイさんも良いって言ってましたよ?」
「ジェリーはともかく、コムイはリナリーだな。アレン。そのままベッドに座って。」
「???」

素直に傍のベッドに腰掛けるアレン。そこに俺は、引き寄せた医療道具を持って近づく。
「はい、手、出して。」
「・・・・・・・・・」
「可愛い顔が台無しさ。言うこと聞け。」
「はぁい・・・。」
嫌々ながらも、抗うことを知らない所為もあるだろう。 両腕を前に出したアレンの腕を優しく取る。

「まぁった・・・。・・・・・・やったな?」
「・・・だってぇ・・・。」
手の甲に残る、小さな赤い円。それは複数。

「今度は何?ボールペン?シャーペン?」
「えへ、コンパス。」
コ!!!!!!・・・アレン、お前なぁ。止めろって言っただろ?」
だから何時もより赤いのか。納得すれば、消毒液と薬、ガーゼと包帯を取り出す。
斑点のように並ぶ赤い跡は全てアレンがコンパスを刺して作った物だろう。
血が出てないのは、俺に悟られないようにするために、ここに来る前にふき取ったからだ。と推測する。

「だぁって・・・。」
「だってじゃないさ。これ、一歩間違えればリスカと同じなんだぞ?危ないから止めろ。じゃなきゃ嫌いになる。」
「!!!!!やだ!!!!!」
「だったら止めてくれさ。マジで。」
「・・・・・・ごめんなさい、ラビ。」
しゅん。とまるで主人に叱られた犬のように項垂れる。
その間に手当てを終わらせ、落ち込んでいた犬の頭を優しく撫でる。


「他には?怪我してない?」
「はい、してません。」
「ん、OK,なら飯行こうか。ジェリーのとこだぞ。」
「はい!!!」

痛々しく包帯の巻かれた両手を触り、ゆっくりと立たせる。
机の上に置かれた鍵束を手に取れば、アレンの片手がおずおずと俺の片手に触れてきた。
「ん?」
「握って、下さい。」
なんて愛しい子なんだろう。思わずには居られなかった。
触れてきたアレンの片手を握り、扉のほうへと引っ張る。

「そういやアレン。今日大学は?」
「へへ、ラビに逢いたくてサボって着ちゃいました。」
「・・・ああ、クソ。またジジィ怒られんじゃねぇか・・・アレ〜ン。」
「ラビ、嬉しくない?」

手を繋いで院内を食堂へと歩く。ギュウと離すまじとで言うように握るアレン。
「嬉しいさ。会いに来てくれたんだもんな。」
「ごめんなさい。」
「良いさ。アレン成績良いし。問題ないだろ。」
「ラビ、大好きですよぉ。」
「うん、俺もアレン大好きさ。」
「ちょっと其処の馬鹿二人!!!」
人目も憚らず(もっともアレンはこれが素だ)、いちゃつく俺らに耐え切れず、
某女医はその見事と言わんばかりのおみ足で、俺だけに見事な蹴りを入れてきた。

「リ、リナリー・・・。」
「わぁ、リナリー。こんにちは。」
「こんにちは、アレン君。」
「何するんさ。人をいきなり蹴飛ばして。」
「蹴飛ばされるようなことしてるのはどなたか自覚あるかしら?」
「俺だけの所為じゃねぇだろ?」

「アレン君の罪はラビの罪よ。」

小児科女医のリナリー・リーは、
そのスリットの入ったスカートから覗く細く長い脚を惜し気もなく見せびらかして、
俺の前に(正確には後ろに)仁王立ちを決め込んだ。

「ラビ、午後一で手術入ってるの忘れてないわよね。」
「俺に限って記憶違いなんざあるわけないっしょ?」
「そうだとは思ってるけど念のためよ。私の患者なんだから失敗なんてしないでね。」
「しないさ。俺を誰だと思ってるんさ?天才外科医よ?救命救急だってこなせちゃう。」
「夜はアレン君の為に帰ってる馬鹿が良く言うわ。」
「だって、救急にはユウがいるんだから俺の出番ねぇし。」

「ああ、嘆かわしい。医者だったら自ら名乗り出るもんでしょ?」
「俺にはアレンと一緒に夜を過ごすという。とても大事な使命があるんさ!!なぁ、アレン?」
「はい。」
少し疎外感を感じていたらしいアレンが俺の言葉で腕に引っ付いてくる。

「アレン君、今日は顔色良さそうね。」
「えへへ、ラビが執刀するって聞いたから。」
「アレン、手術室には入れないの知ってるだろ。」
「隣で見てますv」
「・・・・・・」
何故かマジックミラーで完全に仕切られた手術室を思い出す。

「愛されちゃってるわね、ラビ。」
「俺、とっても幸せヨ。」
「愛してますよ、ラビvv」
痛々しいくらいに膨大な愛を自分の身体一杯で受け止めつつ、見えて来た食堂に眼を輝かせ始めたアレンの頭を撫でる。

「何食べたい?」
「日替わりAランチ!!!」
「ンじゃ俺は、ピラフ。」
「私は・・・カルボナーラ。」
「え、俺リナリーの分も払わなきゃなんないんさ?」
「後でお金払うから一緒に注文して。」
「はーい。」

「アレン君席取ってましょ?」
「ラビも早く来て下さいねぇ!!!」
「おう。」
両手を大きく振ってそのままリナリーと共に席を探しに行くアレン。

「あらん、ラビ。アレンちゃん来てるのぉ?」
「来てるからおまけしてやって。」
既にこの病院名物のおかま(と言ったら殺されかねない)料理長・ジェリーがカウンターからひょっこり顔を出す。

「あの子、最近顔色どう?」
「お蔭様で大分良いさ。ジェリーの料理が良いんじゃねぇの?」
「やだぁんvvそんな誉めたってあんたにはオマケしないからねん。」
「いや、俺は普通でお願いします。」
「薬は?飲んでるの?」
「頼み込んでリーバーサンに処方してもらったんさ。薬の量も減ってきたから、もう大丈夫だとは思うけどって言ってた。」
俺が一人で持っていくことを考慮してか、清楚感のある大きなトレイを二つカウンターに並べる。
そこに中身の入ってないコップを3つ乗せ(飲み物はセルフサービス)ナプキンを敷いた上にスプーンとフォークを2本ずつ置いた。
話しながら器用にその動作を行っていくから流石だ。

「あのアレンが拒食症になった時はまじでどうしようかと思ったけど、直ってきてるから安心したさ。」
「愛されてるわねぇ、アレンちゃんvv」
 一 つ 目 』、と外見を裏切らないどすの聞いた声がトレイの上にカルボナーラを置いた。

「なんせ俺が愛されてるから。」
「いやだ、惚気なんて聞きたくないわよvv」
「そうゆう話が好きなんじゃねぇの?女って。」
「あら、女心の分かってない奴ね、そうゆう噂話は好きだけど、惚気られるのは一番嫌うのよ」
 二 つ 目 お 待 ち ! ! 』今度は俺の注文したピラフがどかりと置かれる。

「まぁ、良いけど。」
「そういえば、アンタ。来週から救命に行くんだって?」
「誰から聞いたんさ。まだ俺とコムイしか知らんのに。」
「あら、結構な噂になってるわよぉ?『あのラビが救命に飛ばされた!!』って。」
「・・・飛ばされたって・・・おいおいおい、誰さ噂の種は・・・。」
「違うの?」
「違う違う。来週からユウの奴が出れないから俺が代わりに行くだけさ。しかも一週間だけ。」

「あら、神田どうかしたの?」
「サミットがあるとかで出張。」
「あらお気の毒に。」

 ラ ス ト ォ ォ ォ ! ! ! ! 』と今度はトレイごとカウンターに置かれる。
両手で上手くバランスを保ちつつトレイ二つを持った。

「んじゃね。ジェリー。」
「午後からオペでしょ?頑張りなさいねぇ。」
おう。と返事できない両手の代わりに振り向かずに声をあげた。


「さて、アレンは?」
ラビィィィィィイイイイイ!!!!!!
「ぎゃあああ!!!!」

どかりと前方から衝撃。
普通だったらそのまま後ろに倒れそうなものだ。だが、両手にはとても重たい3人分の料理の数々。
出来立てほやほやのそれが今倒れれば間違いなく寸分の狂いもなく自分の顔に飛んでくるだろう。


「っっっっっっっっ!!!!!!!!」


両腕を前に突き出し、片足を後ろに身体を支え、間一髪で倒れるのを防ぐ。
その様子を目の当たりにした同僚やら患者やらが揃って声と拍手をあげてきた。

すっげぇ、俺。なんてバランス感覚。誉めてあげたいわvvさすが俺!!!

なんてふざけてる場合ではない。
とにかく転ばされそうになった原因を突き止めるため、今だ体に引っ付いている犬畜生へと視線を送る。

「・・・アレンさ〜ん。俺の両手に何があるか分かるよな?」
「・・・・・・僕とリナリーとラビの昼食?」

「うん、正解その通り、よく出来ました。なら今の状態は?」
「僕がラビにタックル決め込んで、見事倒そうと言うところです。」

「うん、それも正解だな。ならそれから導き出されるこの先の結末は?」
「僕がタックル決めたことによってラビの持ってる僕等の昼食が下にまっさかさま?」

「そうなってないのは?」
「ラビのバランス感覚が素晴らしいってこと?」

「ザッツライト。ならまじでそうなる前に離れて?」
「・・・やだぁ・・・。」
「アレン。」
「・・・・・・・・・はい。」
これは何かあったな?と今までのアレンの行動から統計を取ったことで導き出した結論を述べる。

「とりあえずアレン。席座ろ。それから話聞くから。」
「・・・はぁい。」
俺の上半身を後ろを反らさせていたアレンが離れる。が、その両手は今だ俺の服を掴んだままだ。

「ラビ大丈夫だった?」
「間一髪。俺ってすげぇ。」
「私とアレン君のご飯が無事でよかったわ。」
「・・・・・・。リナリーアレンどうにかして席座らせてさ。俺動けない。」
「アレン君。席に座りましょ?ラビも理解できてないから。」
「普通いきなりタックル決められたら何があったか理解できないのだろ。」
「ごめんなさい・・・。」
「良いさ。ほら、」
押せない両手の代わりに声で背を押せば、アレンがトボトボとリナリーの後を追う。

 

 

 

「んで?何があったんさ?」
奥の一角に腰を落ち着かせ、今だ落ち込んでいるアレンに優しく聞く。

「・・・・・・ラビィ、・・・・・・救命に行くって、本当ですか?」
「・・・・・・誰から聞いたんさ?」
「さっきリナリーが・・・。」
「あら、病院内で最近騒がれてる噂よ?で、どうなの?」
「『俺が救命に飛ばされる!!!』って噂だろ?」
「なんだ知ってたの?」
「さっきジェリーにも聞かれた。」

「救命って、忙しいんでしょ?僕とほとんど会えなくなる場所に行っちゃうんですか???」
「まさか貴方に限ってそんなことはないと思ってたんだけど、本当のところどうなの?何かヘマでもしたの?」
「ちょっ、待つさ!!!なんで根も葉もない噂でそこまで行くわけ?」
「だって、丁度良いときに神田が居ないって聞いたんだもの?」
「ラビィ・・・」
「アレン、ああ、もう。泣くな。NO、NO、NO!!、本気で信じてるんさ?俺が救命に飛ばされるって・・・」
「違うの?」
「違う。確かに救命に行くけど、何も飛ばされるんじゃない。ユウが出張の間ヘルプに入るだけさ。1週間だけ。」

「・・・ホントに?」
「俺が信じられない?」
「・・・良かった・・・。」
「なんだ、そうならそうと早く言いなさいよ。」
「勝手に勘違いしたのはそっちだろ。」

涙目のアレンの頭をよしよしと撫でつつ、そろりと辺りを見回す。
案の定。俺の噂が気になっていたんだろう同僚が聞き耳を立てていた。
「お前らな・・・。」
「だって気になるんだろ。」
「そうそう、まさかあのラビがとは思ってたがな。」
「顔がにやけてんぞ。」
どうせ俺が居ない間にぃ。とか思ってたんだろう。


「ほら、アレン、飯食べるさ?冷める。」
「はい・・・。」
「そりゃあ、一週間ほとんど会えなくなるかもしんないけど、一週間だけだからさ。家には帰るんだし。」
「会える?」
「会える会える。」
「寂しいけど頑張ります。」
「うん、ごめんな。」

背中から大量の殺気(恐らく同僚達の膨大な嫉妬だ)が漂ってくるがそんなの無視だ。
アレンはこれでいて、この院内のアイドルのようなものらしい。
アレンに好意を抱いている奴らは大多数。アレンは俺のだと言っても聞きやしねぇ。
唯一の救いはアレンの想いが俺だけに向いていることだろうか。

俺とアレンが一緒に住んでると聞きつけた奴らが俺の闇討ち計画を立てていたと聞いた。
勿論未然に防ぎ、寧ろ再起不能なまで潰したはずなのだが、復活した奴は後を絶たず。

目の前にいるリナリーはその心配がない。
なぜなら彼女はアレンを自分の弟としてみているからだ。
寧ろ喜ばしいことに、あれで居て俺のと言うかアレンの味方だ。
アレンを泣かす奴 (俺以外) は誰であろうと叩き潰す。と来ている。
他にもコムイやジェリー、リーバーさんやユウなんかもアレンの味方だろう(ユウは微妙なところだが)。

「アレン、オペが終われば俺、非番だから一緒に帰ろうな。」
「はい!!!」
ギュウと抱きついて来るアレンを、後ろの馬鹿共の視界へ暴さないようにしながらその頭を撫でる。
後ろから強くなった嫉妬を感じるがそんなの無視だ。

今日も今日とて代わり映えない一日を過ごすのはいつも同じ。
けれど、アレンが幸せそうならそれでも良い。
と思えてくるのは、やはりアレンに依存している所為なんだろうか。

 

(08,07,27)