Orchid

 

暗い、暗い天上だ。今目に映るのは暗い色に支配された天井だけだった。
「・・・ラビ」

彼が帰宅すると告げた時刻を、もう針2周分越えてしまっただろう。
外界と部屋とを隔てる硝子と薄い色のカーテン。
少しの隙間の置くには、ここよりも更に暗い色を押した世界が広がっていた。
自分の反対側に広がった一人分のベッドの隙間。大きすぎるシーツの海に広がる色は、白一色だった。

色が欲しい。まずそう思った。
白でもなく、黒でもなく、赤でもなく、青でもない。目を覚まさせてくれるような綺麗な橙色。
その色をした彼に会いたい。
太陽だと、形容できるような彼。自分が愛して病まない彼に、誰よりも傍に居て欲しい。


「・・・ラビィ・・・。」
早く寝なければ、また彼に心配を、迷惑をかけてしまう。明日は学校なのに・・・。

「・・・まだぁ?」
今頃、新たに現れた急患によって、病院に貼り付けられてしまっただろう彼を思い出す。
仕方がないことだと判っていても、心は彼を求めていた。

彼は医者だ。しかも天才といわれるだけの技術と腕を持った名医だ。
まだ若い彼。彼の親友が不在のためにその親友の受け持つ救命に助けに入った。
時期を関係なくして年中忙しい救命。今まで共に過ごした夜だけど、この時ばかりは一緒にはいられない。
急患は、医者の都合など考えずに運ばれてくるのだから。

「ラビ・・・。」
救命では彼の腕が多いに役に立つ。今頃、その腕を求めて看護師達が駆け巡っていることだろう。

「・・・ラビは僕のなのに・・・。」
そう言ったら、彼はそうだと言って笑ってくれた。だから帰る場所はお前の傍だ。と言って。



(依存してる。)
彼と初めて会ったときには思いも着かなかった未来。今、目の前でフィルムを進めている。

(麻薬みたい)
彼がいなければ生きていられなくなるほどに・・・。

 

 

 

彼に会ったのは、4年前だ。
その時、彼はまだ新米だった。いや今も新米の部類には入るのだろう。
ただ彼の、その腕とその技術とその頭は全てを超越していた。
彼の祖父がそういった仕事を生業にしていたせいもあるのかもしれない。

彼はまだ新米の部類で、その雑用として、僕の通う高校へ健康診断の医師としてやってきた。
といっても、彼が全校生徒を見たわけではない。でなければ僕は彼となんの接点もなく生きていただろう。
正規の診断日に出れなかった僕や、数人の生徒のために訪れたのだ。
当時彼は、健康診断に来た医師が急用でこれなくなったので自分が来たのだ。と言っていた。

『サボりに近い状態で給料もらえるんだからラッキーだったさ!!!』
「良いんですか、そんな医者が居て。」
「そんなもんさ。まぁでも、やることはちゃんとやってるし。」
「・・・本当に、医者に見えない人ですね。」
「そりゃどうも。」

彼・ラビはそう言って手馴れた手付きで診断を始めた。
「にしても、身長、体重共に低いな・・・。」
「気にしてるんですよ、これでも。」
「そりゃ悪かった。」
「・・・」

「血圧も低い。お前、病気持ちかなんか?」
「・・・いえ、これと言った症状は出てないですね。」
「食うもん食ってる?」
「食ってますよ、人並み以上に。」
「それで伸びねぇってのはおかしい。」
「・・・・・・」

「まぁ、俺は内科医じゃねぇからな。」
「え、普通こういうのって内科の人がやるんじゃ?」
「いんや、俺外科医よ。まぁなんでも出来んだけどな。」
ラビは、診断書に書き込みつつ、僕の手首の脈を取り始めた。

「ん〜・・・、ちょっと不整脈気味?」
手元の時計を見比べ、更に診断書に書いていく。
一通りの診断を終えたのだろう。制服の上着を着て良いと言われた。

「特にってわけじゃねぇけど、一度病院で検査したほうが良いさ。土日とか来れる?」
「まぁ、学校は休みですし・・・。」
「ならおいでさ。ちょっと待ってろ。」
ラビは傍に置いてあった上着を取りポケットから一枚の名刺を取り出す。

「アレン・ウォーカーだったな。土日、どっちでも良いからこの名刺だして俺を呼べさ。特別に検査してやるよ。」
「・・・え、でも。」
「確証があるわけでもねぇし、俺が知り合いの内科医に頼むからさ。」
「・・・・・・」
「年上の、しかも医者の言葉には素直に従えさ。」
「・・・・・・分かりました。」

「あ、」
「まだ何か?」
貰った名刺を上着のポケットにしまい、そのまま出て行こうとする。

「名刺に裏に俺の携帯の番号とアドレス書いといたから・・・。」
「?」
「いつでも連絡頂戴。」
「・・・・・・今の医者は生徒をナンパして帰るんですかね?」
「まさか、お前限定。」

今思えば、その言葉に誘われてしまったのかもしれない。
最初は行く気など全くなかった(しかも名刺をよく見ればあの人の病院)検査に赴いてしまったのも、その所為なのかもしれない。

 

 

 

「あの?」
「はい?」
「この病院の外科に・・・ラビ・・・先生っていらっしゃいますか?」
受付の女性に名刺を渡し、尋ねれば女性はいらっしゃいますよ。と笑顔で答えた。

「ああ、アレン・ウォーカーさんですね。少々お待ち下さい。」
「え、あはい。」

どうやら受付には連絡済だったらしい。名刺を一目見た女性が、短縮番号で内線を掛ける。
「ラビ先生?アレン・ウォーカーさんがおいでになりました。」
受話器の向こう側から漏れる声。か細いそれをラビの声と認識するのはとても難しそうだ。
カチャ、と静かな音を立てて、受話器が置かれる。

「今いらっしゃいますから、お座りになってお待ち下さい。」
「ありがとうございます。」
丁寧に言われ、受付の目の前にある椅子に腰をかけた。
あの人の病院だからと一度も訪れたことのない院内。
静かな雰囲気とクラシックの局が最小限のボリュームで流れていた。
自分のほかにも数人の患者がいるらしく、後ろでは母子でいるもの、
一人身で新聞を読んでいるものなど、どこの病院でも見られる光景が広がっていた。


「アレン。」
とても静かな雰囲気の中、その雰囲気を壊さないように掛けられた聞き覚えのある声。
「・・・・・・あ、・・・」
前と同じ様に白衣を着たラビ。あの時していたバンダナは外し、オレンジ色の髪の間から覗く隻眼。
優しい色を含んだ目だった。

「お待たせ。本当に来てくれたんさ。」
「・・・検査のためですけど。」
「分かってる。んじゃまこっちおいで。」
手招きされつつ、ラビの後を追う。
ラビは途中、受け付けの女性に2,3声をかける。何か確認するように頷いた後、そのまま僕を呼んだ。


「参ったさ・・・リーバーさん。ああお前の検査してもらおうと思ってた医者がさ、午後じゃねぇと帰ってこないんだと。」
「え、僕来損ですか?」
「帰るつったって、面倒だろ?どうする?俺の部屋・・・つっても診察室だけどそこでお茶でもする?」
「・・・・・・」
「ついでに昼飯奢っちゃう。どう?」
「・・・お願いします。」
「アイサー!!」
昼飯に釣られたのは言うまでもない。




「あの、先生?」
「ああ、ラビで良いよ。」
「・・・ラビ、仕事は良いんですか?」
「ん?ああ、良いの良いの。今非番だから。」
「・・・え、?」
「夜勤だったんだけどさぁ、家帰るの面倒だから仮眠室で寝てようって。どうせ主だった患者もオペもねぇし。」
あはは、となんでもないように笑う。
夜勤明けということはだ、今まで一睡もしてないということだ。
仮眠程度は取ったのかもしれないが、それでも眠いだろう。
それをわざわざ僕の為に起きて、今ここにいる。

「・・・・・・」
「アレン、別にお前の所為じゃねぇよ。」
「え?」
「書類溜め込んでたの忘れてたんさ。」
「・・・・・・嘘だ。」
「嘘じゃないさ。」
「・・・でも・・・」
「なら一緒に寝る?ベッドあるし。」
「へ?」
「アレン、お前寝てねぇだろ?顔色が悪い。」
「っ!!」
「診断に行ったときも思ったけど、寝不足。しかもストレスか何かだろ?」

ずばり、良い当てられていた。ラビは外科医だと言った。なのに、僕の症状を言い当てた。
それがどういうことなのか僕には詳しく分からないにしても、凄いことだとは思う。

「なんかあった?」
「・・・・・・・・・」
「俺はカウンセラーじゃねぇけど話くらいは聞けるさ?」
「・・・・・・ラビは・・・僕のこの髪をどう思います?」
「髪?この白いのか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

「皆気味悪がるから・・・誰も、僕に近づこうとしない。」
「それが寝不足の原因?」
「眠ると、人の視線ばかり写る夢を見るんです。」
「そりゃきついな。」
「この目の傷も、髪も・・・嫌いだ、全部。」
どうせこの人も、僕に嫌悪の視線しかよこさないのだろ。そう思った。
なのに、彼はその時、僕だからと言ってくれた。それがとても嬉しかった。
それは偽りたっだかもしれないと思っても、そのことが嬉しかった。
多分、ぼくは誰かに認めて、存在を認めてもらいたかったんだろう。推測でしか、ないのだけど。

「俺は好きさ。」
「・・・っ・・・」
自分の息を吸う音が聞こえた。

「白くて綺麗。目の傷も、気味悪くなんかないさ。それがアレンだろ?」
「・・・・・・」
「俺はそういう傷と髪を持ったアレンが好きだよ。」
「・・・それじゃまるで、口説いてる、みたいですよ?」
「口説いてるんさ。」
「なっ!!!!!」
彼は、僕から視線を外さなかった。僕の目を見て、その眼には嫌悪の色など含んでいなかった。
優しくて、綺麗だと、思ってしまったほどに。


「変に思う?」
「・・・だって・・・僕のこと、何も知らないでしょ?」

「少なくとも、アレンが人の視線を嫌うのは知ってる。」
「・・・だって、ぼく、男だ。」

「俺はアレンが好き何さ。」
「・・・・・・こんな、気味悪いのに!!!!」

「アレンは綺麗だよ。」
「・・・」
「少なくとも、そう俺は思う。」
「でも・・・。」

「良いじゃん、アレン。世間がどう言おうが、お前を思ってる俺がお前を好きでいれば。」
「・・・あ・・・」
「俺もアレンもお互いにお互いのこと知らない。だったらこれから知れば良い。俺はアレンに一目惚れした。綺麗だと思うから今こうしてアレンを口説いてる。」

世間がどう言おうと、・・・ああ確かにそうだ。
僕を見てくれるたった一人の人がそう言ってくれるならそれで良いじゃないか。
それ以上を望まなければ良い。



「っ・・・」
「え、嘘!!ええ、なんで泣くんさ!!、俺なんかした?なんか気に障ったんさ?ええ、アレン?」
その見てくれる唯一の人が目の前に居るんだ。だったら信じてみれば良い、彼の、ラビの言ったことを。

「・・・・・・ぅ・・・・・・」
「ちょ、アレン。何?どうしたんさ、まじで?」


嬉しかった。
嬉しかったんだ。僕を僕として見てくれる存在が、彼で。

惹かれていたんだ。
惹かれてしまったんだ。既に逢ったときから、彼に。


「っ・・・アレン?」
両腕を伸ばし、傍にある体にしがみつく、せき止めることの出来ない涙を頬に感じ、両手で彼の体温を感じた。

「ラビ・・・・・・」
「ん?」
「僕は・・・・・・本当に綺麗なの?」
「・・・・・・」
僕の行動に驚きながらも、彼は静かに抱きしめてくれた。


「綺麗だよ?誰がなんと言おうと。お前は。」


今思えば、病院に行ったのは、彼に会うためだったんだろ。
何処か無意識のうちに、彼と同じ様に、彼に一目惚れしていた。
心のどこかで、彼を好きになりたかったんだ。
好きになったのはどちらも同じだけど、存在を認めてもらったのは僕のほうだから、
だから僕は彼なしでは生きていけないのだろう。
ただ一人が認めてくれたから。

 

 

 

「・・・・・・」
目を開ければ、暗い世界。先程のは懐かしい過去だったのだろうか。
夢を見る前の世界とんなら変わらない世界に、たった一つの変化・・・。
「・・・・・・ラビ?」
「お前、まだ起きてたんか?」

僕の求めた橙色。目線を少しあげれば、そこには愛して病まない人の顔。
「ラビ、・・・待ってたの。」
「また寝不足になるぞ?」
ベッドに腰掛、その手は僕の髪を緩やかに梳いていた。ああ、気持ち良い。


「・・・・・・ラビィ」
「ん〜?」
「お帰りなさい。」
「・・・・・ただいま、アレン。」
隻眼が綺麗に笑う。愛しいほどに、目が細められ、近づく。
その唇が僕の唇に重なり、幸せだと感じる。



「ねぇ、ラビ?」
「何さ?」
「僕は、・・・・・・綺麗ですか?」
「・・・・・・・・・」

あの時と同じ質問を、


「・・・綺麗さ。誰よりも。」


あのときから、僕はあの夢を見なくなった。
見るのは、彼と同じ色をした青空に登る太陽。
僕はその太陽のしたで、自分で驚くほど、穏やかな表情で寝ている。
そんな夢。

夢の結末?
決まってるでしょ?
彼が起こしに来てくれるんですよ。
その髪と同じくらいに暖かい色をした、その瞳で。

 

(08,07,27)