Small And Small A Secret Soul
18世紀末。霧の都、ロンドン。
俺は、気ままな旅行者だった。
実家は貴族で、そこの独り息子だった俺には有り余るほどの金が手元にある。
仕事も自分の好きなことをしていたため、それと言って不満もない。
親は見合いだ、婚姻だ、許婚だと騒ぐが、それを遮るように、俺は気ままに旅に出ていた。
ロンドンに来たのは、今年で3度目になるだろうか。
何時もと変わらぬ町並みも、何時もと変わらぬ人々の声も自分にとって心地よいというわけでもなく。かと言って嫌悪するわけでもない。
今までの来訪と違うといえば、今回はたまたま夜だった事くらいだろうか。
今回の旅行で訪れた国はこれで5つ目になる。ノルウェー、デンマーク、ドイツ、フランス。そしてイギリス。
別に格別と言ってヨーロッパ諸国が好きなわけではないが、どうも気質に会うらしくちょくちょく訪れている気がする。
何時ものように訪れたイギリスも、今夜もいつものホテルに泊まるだろう。そう思っていたんだ。ほんの、数分前までは。
「こんばんは。」
まるで絶世の歌姫が奏でるような、心地よいアルトの声。この声で唄われたならば、さぞかし見物だろう。そんな事を頭の片隅で考えながら、声の主を視界に捕らえる。
黒いフードに、黒い服装。白熱灯すらも少ないこの通りと酷似する様な人間がそこに立っていた。
人間と言っても、そう判断するのには時間を要した。何せ、暗い道に暗い服装で立たれ、唯一色をつけていたが、フードから覗く白い肌色くらいなもんだったからだ。
「・・・こんばんは。」
挨拶を返せば、見える口元だけでニッコリと笑ったのが見えた。
「・・・ご旅行ですか?」
「ええ。」
「良いですね。」
僕も旅行、好きなんですよ。そうそいつが告げる。ふと、違和感を感じ、再度確かめるように、問いを口にしていた。
「失礼ですが、・・・男性で?」
「ええ。気にしないで。声だけでよく女性に間違われることよくあるんです。」
少し、残念に思うも、逆に好奇心が刺激された。
女の声よりも綺麗なそのアルト。声の主は一体どういう人物なのか。
「どこからいらしたんです?」
「アメリカです。」
「ワシントン?」
「いえ、ニューヨーク。」
へぇ。とその男は、興味なさげに相槌を打つ。それはまるで、こんなことが聞きたいんじゃない。と言うように。
俺と男。その間には一定の距離が開いている。それを詰めようともしなければ、立ち去ろうともしない。それは俺も一緒だったが。
こんな夜更けに、人通りも少ないこの道にいる。この男が気になったからだ。
「失礼ですが、お名前を聞いても?」
そう言い出したのは、俺からだった。
深い意味合いがあるわけではない。ただ、この男の真髄を知りたい。だからこそまずは名前を。と聞いたに過ぎない。
「・・・アレンです。アレン・ウォーカー。」
「地元の方ですか?」
「ええ。ベイカーストリートに家が。」
なるほど。と独り納得する。英語の発音、名前のアクセント。全てが英国英語そのままだ。勿論アメリカの英語とごちゃごちゃにならない、綺麗な英国英語だ。そう思い返し、なるほど。ともう一度納得する。
この男の動きにどこか優雅さと紳士さがあるのはその所為なのか。と。
「貴方のお名前を聞いても?」
「・・・俺は・・・失礼。私は・・・」
「普通に喋って構いませんよ。」
「・・・それはありがたい。俺は、ラビ。」
「ラビ?ラビット?」
「いや、タダのラビ。」
「アメリカに住んでいるのに、名前はユダヤ系の響きなんですね。」
クスクスと男・「アレン」は笑う。
どうやらこの男。その方面の知識を持ちえているのだろう。『ラビ』ユダヤ教の神話に出てくる神官の名だ。普通、俺の名前を聞いて皆思いつくのが『ラビット』、兎だ。違うと答えれば、そうなのか。で終わる。
「ああ、でも。アメリカは移民の町でしたね。」
ならユダヤ系の人が居てもおかしくないか。と納得したように男は笑い続ける。
「えっと、アレン?」
「はい。」
「なんで貴方は、こんな夜に?散歩?」
「ああ、いえ。」
「?」
「臭いに、誘われて。」
ゾクリと、背筋を走り抜ける悪寒。ああ、これ以上話してはいけない。と脳が警告音を鳴らしている。なのに、体は動こうとしない。
まるで、
その声に、
その名に、
その表情に、
囚われたみたいに。
これ以上、関わってはいけないと。脳は訴え、
今以上に、この男を知りたいと、本能は欲求する。
「その臭いの元を辿ったら・・・貴方に辿りついたんです。」
「・・・俺は何も持ってませんよ?」
「持っているじゃないですか、
美味しそうな臭いのする、赤々とした血を。」
今まで紳士的に笑っていたアレンの、口元が開く。文献に記載されたその人種は、首元に突き立てるための発達した犬歯と、赤々と血の色をした瞳を持つといわれている。
その種族の名は
「・・・吸血鬼・・・っ」
アレンはゆっくりとフードを脱ぎ捨てる。
現れた全てに、俺の総てを奪われた。
白いまっさらな糸の様な髪。
血よりも、赤い月を彷彿とさせる瞳。
暗闇のそこに、スポットライトを当てたように、輝いてみる、それ。
嗚呼、なんて美しい、化け物だろ。
脳は今だ、警告音を鳴らし続けているが、それを聴く気は、最早俺にはなかった。
「Trick Or Treat」
「え・・・」
眼を奪われていたはずだった。一瞬たりとも、眼を離してなど居なかった。なのにアレンは、そこから消えていた。
「・・・アレン!!!」
『答えは、また後日。』
「・・・答え?」
『覚えておいてください、「Trick Or Treat」これの答えを。』
残響のように独りの闇夜に響くアルト。
これは何?次回を期待しても良いということなのか?
『それではまた、御機嫌よう。ラビ』
もはやそこに俺以外の生き物など、存在しなかった。
さぁ、共に考えよう。
僕の答えは?
『 Trick Or Treat ? 』