そこはよく治められ、何も起こらない平らかな町。

 

陽炎 --かげろう--

 

『貴方は、陽炎を知ってますか?』
「知っているとも、怪盗陽炎!」
「知らぬものは居ないさ!!」
「また現れたらしいじゃないか!!」
その夜を騒がす、たった一人に泥棒の話。

「今度はあの資産家スミスの所へ入ったらしい。」
「評判の悪い金持ちばかり狙うんだ。」
「俺らからすればなんてったって、正義の味方!!!」
月夜の晩、その太陽の下に現れる『陽炎』の如くに身を走らせ現れる事から、彼は『怪盗陽炎』と呼ばれた。
誰がそう呼んだのか、知る者も、また居ない。


彼を捕まえるために、月の出る夜―特に、日中太陽が真上に上がる日―にはポリス達によって町は厳戒態勢が敷かれている。
にも拘わらずだ、正体不明、人相不明の怪盗陽炎は、その評判の通り現れる。


「ポリスも駄目だな。またあの警視殿が怒り狂うぜ。」



街角を歩く、フードを被った少年はそんな町民の声を聞く。
クスクスと誰にも聞こえぬように静かに笑う。

彼は神をも恐れぬ大泥棒。彼に盗めぬ物は無し。
彼に目をつけられては終わりだ。と、どれ程の人が嘆いたのだろうか。



そんな奴らに僕は言う。
『彼を捕まえたくばその番に私の家に来れば良い』
と。けして誰にも聞こえぬ声で、僕はそう囁く。

 

 

 

 

 

「今晩は、ホワイトレディ。」
白い月を背に、黒い姿に、陽炎の髪。
「触れられないのが残念だ。」
彼はそうのたまいて僕に手を差し出す。
彼は、泥棒をしたあと巷の騒ぎはそっちのけで、
隣家の屋根のちょうど僕の部屋の前に姿を現す。
「触れたが最後、僕は貴方を捕まえて、速攻で警察に突き出しますよ。」
「警察と言えば、さっきお父様とお会いしたさ。挨拶したら叱られた。」
「それは見てみたかったですね。」

僕の父は(と言っても、血は繋がってない)件の警視殿だ。
義父は自分の跡取りとして僕を養子に入れたのだ(全く持って迷惑な話だ)。


「また何か盗んできたんですか?」
「勿論。」

彼と初めて出会ったのも、今日のような
月夜―日中陽炎が起きそうなくらい赤い太陽が真昼に昇っていた―晩。
やはり彼は泥棒をしてきた後。

僕は体が弱かった。
その時も調子が悪く、計一週間近く太陽の下どころか部屋の中を歩くことも満足に出来ずに居た。
その日はやっとベッドから出ることが出来たものの、
月光の下、照らされた自分の髪や肌があまりに青白く、
『気味悪い』
呟いた声を掻き消すように、黒い物が陽炎を伴って目の前を横切った。
煉瓦造りの隣家の屋根。
黒い服装を身に纏い、陽炎色の、オレンジ色の髪が顔面を隠す。
その色に負けぬ程の色をした、薄い群青色が僕の色のない目と重なる。

『――――貴方が、今噂の、陽炎?』
気がつけば、自ら声を発していた。
『・・・・・・ラビとお呼び下さい。ホワイトレディ。』
彼は僕を見た目のままそう称した。
『・・・男です。』
『それは失礼。まぁとにかく、怪盗陽炎。
それは人々が名もなき者より授かった僕の泥棒名。
ですが。真実の名は“ラビ”と言うのです。』
「・・・似合いませんね、敬語。」
その一言に、何を気に入ったのか、彼はこの泥棒は、泥棒のたびに口説きにやってくる。


「義父をおちょくるのは結構なんですけど、泥棒は駄目ですよ。」
「だから何を持ってきても盗んだものは要りません。」
彼が来るたび来るたび、何かしら持ってくるたびに、僕は同じ言葉を繰り返す。
その後、決まって彼は少し寂しそうな顔をする。

「俺に盗めない物はない。のはずだったんだけどなぁ・・・。」
彼は服のポケットに手を入れる。
直ぐに出てきたその手から舞い落ちたのは、葉の無い、短い茎と花弁だけの一厘の花。
僕はその花の名を知らない。
出窓の淵に落ちた花弁を手に取る。
「空を待っていたのを一つ失敬してきたんさ。」
「・・・綺麗ですね。」
「綺麗なものを見つけるのは得意。」
「これなら頂きます。」
このとき、彼の頬が微かに赤く染まったのを僕は知らない。


「ねぇ、名も知らぬホワイトレディ。」
「もし、もし俺が泥棒を止めたら、お前は俺を愛してくれるさ?」
「いやです。」
「・・・・・・それは残念。」
彼は目の前に手を置き、上を見上げた。
俗に言う『参ったなぁ』のポーズだ。
「なんですか、そのジェスチャー。」
彼はその脚で隣家の屋根を踏み切る。
降り立つのは決まってそのまた隣家の一階高い屋根の上。
そのまた決まって言う台詞は勿論、
「それでは、ホワイトレディ!、又次の陽炎の出る月夜の晩に。」
「だから、僕は男です。」


それはそれは、僕とラビの知る月夜の晩の秘密。

 

 

 

 

彼は決まって僕の前に姿を現したその翌朝の新聞。
『陽炎現る!』
大きく印刷された新聞の見出し。
昨日の晩届いた花はベッドの傍の机の上。明日には枯れてしまうだろう。


僕がラビのことを誰にも言わずに居るのは、単に義父の力になりたくなどないから。
「全く持って忌々しい!!!!昨日も取り逃がした!!!碌な部下がおらん。」
「勿論でございます、旦那様。世間も奴を英雄扱いしておりますから。」
僕の部屋まで聞こえてくる、義父の濁声と召使頭のオベッカの声。
「だから奴が付け上がるのが判らんのか!『御機嫌よう、お父様』だと?ふざけるな。」
そんなことを言ったのか、
クスクスと何時もの誰にも聞かれぬ笑う自分。
「アレン様!!」
「おお、アレン。体は平気かね?」
「ええ、」
もし僕がラビを、陽炎を捕まえたら義父はどんな顔をするのだろうか。
馬鹿らしい。
僕はそのまま玄関へと足を進める。
「出掛けるのか?」
「町へ行きたくて。」
「車を出すか?でなければ人を付けるか?」
「いいえ。大丈夫です。」
義父は指図するだけ。決して自分では何もしない。
体の調子を聞くだけで、父親としての役目を果たしたと思わないでほしい。
父親だとも思って居ないが。
「アレン様。具合の悪くなる前に帰って来てくださいませ。」
「昨日も少し体調を崩されましたし・・・。」
「そうか、やはり。」
義父は私の体調が悪くなると、決まって嬉しそうにすることがある。
「お前は体の弱い子だからね。私はいつも気にしているのだよ。皆に心配を掛けないように体を大切になさい。」
そんな声が、扉の閉まる家の中から聞こえてくる。
家庭を顧みないポリスの義父にとって、病弱な子と言うのは、家庭想いの人間として振舞う良い理由になるのだろう。

ザワザワとにぎやかな町。人の声や姿が入ってくる。



だからなんだろう。僕は儀父の言葉を素直に聞こうと思えないのは。僕は義父が嫌いだ。
だけど、一番嫌いなのは・・・義父の期待通りに悪くなるこの体。

 

 

何に酔ったか知らないが、今頃真っ青のこの顔。
脚はふらつき、少しでも日陰を歩く身体は壁伝いでなければ立っていられない。
具合の悪いときはとことん具合が悪い。良い時は何をしても悪くなどならないのに。
しゃがみ込む身体。言うことなど聞きやしない。
「あの、顔色が悪いですが、どうしました?」
誰か、声をかけてもらっているようだが、それどころではない。
それどころでなく具合が悪い。最悪だ。



「え、ちょ・・・おーい、しっかりして!!!」
「少し・・・休めば、大丈夫なんですけど・・・。」
「あ、じゃあ俺の店に来る?静かで休めるから。」
それが最後に聞いた言葉だった。

 

 

 

 

 

耳に入ってくる音は何かの鈴の音だろうか。綺麗に、ささやかに、
「目、覚ました?」
先程も聞いた声に、目を開ければ、目の前に並ぶ紙。
何処か別の世界のような本の並ぶ室内。本独特の臭い。
高い天井の上上までびっしりと並ばれたカントリー系の色ばかりが目立つ。
「起きれる?ほい、お水。」
「・・・はい。」
余り弾力の無いソファーの上、その人は傍にあった机の上に水で冷やされたコップを置き、僕の身体を起こす。
その手に渡されたコップを少しずつ喉に通していく。
「ありがとうございます。大分・・・随分楽になりました。」
「そりゃ、良かった。」
漸くその人の顔を見る。
茶色とも赤色とも付かぬ色の髪をバンダナで上に上げ、露になった右目には黒い拒絶の黒い眼帯。両耳に数え切れないピアスの数。
悪ぶって見える割には、随分優しい男だ。
「よくあるんです。僕、昔から身体が弱くって・・・。人込みとか、熱いのは苦手です。」
義父が私に掛ける言葉は、いつも身体に関することばかり。
「僕が大切に扱われるのは、病弱だから、それだけなのかな。そんな気遣いなら僕は要らないのに。」
「それ以外に、僕に価値はないみたい・・・。」
涼しく、静かな室内。どうやら個々は書店だったらしい。
熱を発していた身体は、この部屋の気温と混じり、乾いていた喉は、大した量の水でなくとも潤せた。
「お前も・・・」
「え?」
「いや・・・」
何処かで微かに鈴の音が聞こえる。
「元気出すさ。」
男はカウンターの上にあった花瓶の花を一厘持ってくる。差し出されたコスモスを手にすれば、自然と顔が笑う。
「ありがとう。」
ピンクのような白いコスモス。真ん中の部分だけが異様に黄色かった。

 

 

「・・・どうして、そんな風に笑えるかなぁ、・・・・・・ホワイトレディ。」
男は頬を赤く染め、つつ、額のバンダナを首元に下ろす。
「・・・ラッ・・っ」
その姿を見間違うはずなど無い。
赤茶色に見えた髪は光が当たればソレは見事なオレンジ色。
顔面を隠す髪の隙間から見える薄い群青色の瞳。
「あーあ、いきなり動くと駄目さ。」
頭がぐらつく、目の前が白く染まる。
ソファーの上に戻るように倒れ行く身体をラビが支える。
ああ、初めてラビに触れた。
寄りかかるように身体はラビの身体へ、抵抗のようにその手を掴む。
「誰かー、この人が陽炎ですよー。」
「そんなこと言っても人、誰も居ないさ。」
静か過ぎる店内。何処かで窓が開いているのか、遠くで鈴の音と紙の摩れる音がする。
「貴方は、・・・本屋だったんですか?」
「そう。天職なんで吃驚してる。」
「じゃあ、この花は?」
「ここは本屋だから本を売らないと。お代は要らないさ。」
「・・・・・・」
「うわ、不満そう。」
「ちょっと、嬉しかったんです。お礼したかったのになぁ・・・。僕に何もできないけど。」
ククッ音を立ててラビが笑う。
「真面目な話ししてるんですけど・・・。」

カランカラン
「あ、お客さん」
「・・・・・・クソ・・・。」
「お兄さ〜ん!!!」
「何時ものお話聞かせて!!!」
今まで静かだった店内に数人の子供が入ってくる。
「おう、今日は何の話が良い?」
「神様がお花を植えたお話。」
「冒険の話が良い!!」
「海の話が聞きたい!!」
「え、何?」
「近所の子供達。一番の常連さ。」
「お兄さん!!早く!!」
「その前にお前ら、払うもん払ってからさ。」
「はーい。」
「今日はね、ママ特製のお菓子持ってきたの!!」
「僕アメ!!」
「お兄さん、抱っこ!!」
「おう。」
ギュ!
カウンターの上に置かれた木の籠の中に、子供達は手に持っていたものを入れていく。
その内一人がラビに抱きついて「ありがとう」と嬉しそうに笑う。
「どれが良いか決めて準備してろさ。」
「はーい!!!」
「今の何ですか?」
「お話の代金の代わり。さっきの子は抱きつきが代金さ。」
「代金はお金じゃないんですか?」
「・・・計算が出来ないわけじゃないけどお金のやりとりをしたいとは思わないさ。」
「なんでですか?」




「スラム街を知ってる?」
「その名の通り、貧しい人とあらゆる弱者が群れて暮らす街。」
「俺はそこの出身なんさ。」
「俺には身よりは無い。金も無い。又それ故に学も無かった。」
「・・・・・・」
「驚いたさ?それとも泥棒には似合ってる?」
「驚きました。どうやって生活してるんです?」
「え、ああ、それは・・・。」
カランカラン
「失礼。今日も写して頂けるかしら。」
「ああ、ちょっと待ってさ。」
扉を押して入ってきたのは老い始めの頃の女性だ。
「昨日の続きで?」
「今日はね、夫の誕生日なの。」
「分かりました。」
ラビは、カウンターの中から紙とペンを取り出し、机の上で何か書き始めた。
それは流れるような作業で、数分もしないうちに、紙は文字で染まる。
ここからでは何を書いているのか分からない。
「お待たせしました。」
「いいえ、今日も早くて素晴らしいわ。」
「誕生の部分を書きましたから。」
「ありがとう。」
数枚の紙を渡し、ラビはお金を貰う。女性はそのまま綺麗に笑いながら出て行った。
「いつもより多いさ。それだけ嬉しかったんかな?」
「代金はその人が見合うと思った分を置いてくんさ。」
「さっきの紙は?」
「あの人が信仰してる宗教の聖書。俺が翻訳してああして毎日好きな部分を紙に書いて渡してる。」
「・・・・・・」
「ああして本を買いに来てくれる人も居れば物語を聞きに来てくれる人も居る。」
「でも学が無いって。」
「確かにスラム出身だから学もない。けど、俺を拾った人が教えてくれた。」
「今では字も書けるし読めもする。他の国の言葉だって同じ事。」
「・・・」
「お兄さ〜ん!!!」
「もうちょっと待ってさ!!!」
ラビは傍にある階段を上り上に上がっていく。
上にある本を取っては戻し、読んでは手に持つ。それを繰り返した。
その顔はとても楽しそうに笑っている。そこだけが別世界のように色が変わる。
「ん!!!うー!!」
「・・・・・・」
声のほうを向けば、そこには先程入ってきた子供の一人。小さな身体を精一杯伸ばし何か取ろうとしていた。
「ねぇ、好きに本を取って良いんですか?」
「どうぞ。」
「これ?」
何度も何度も触りかけていた本を取り、その子供に渡す。よくみればその本、十数枚の紙を束ねただけだった。とても本とは言えない。
「わぁ、」
それでもその子供はその本を両手に、頬を染めて目を広げる。
「ありがとう!!!!」
子供はしゃがんで同じ目線に持ってきていた僕の首に抱きつき頬にキスしてくる。
柔らかな子供独特の感触。触ってみれば、なんだか暖かく感じる。思わず頬が染まる。
離れて駆け出した子供がこちらに向かって手を振り、そのまま仲間の元へと行ってしまった。
「ちょっと妬けるさ。」
「なんでですか。」
「ここでは何かしてもらったらしたらまず御礼。が基本。相当嬉しかったんさね。」
「最上級って感じでしたからね。嬉しかったですよ。」
「あんま嬉しがらないでサー・・・。」
「良いナァ・・・あんな子みたいに幸せそうに笑ってられるって・・・。」
「笑顔の満開の街?」
「それ良いかも。」

 

 

『夜風は身体に障らないんさ、ホワイトレディ?』
『そんな風に扱うのはやめてくれませんか?僕の身体が弱いからと言って、それだけを僕の価値にしないで。』
『俺はお前の身体が弱いから大切に思ってるわけじゃないさ。』
『大切だと思うから、お前の身体を心配してる。』
だからなのか。
彼の気遣いだけは、素直に受け止められるのは。

伸ばされた手をそのまま手首ごと掴む。
「俺を捕まえるんか?ホワイトレディ。」
「俺はスラム街に生まれ、身寄りも無い。金も無い。又それ故に学も無かった。」
「俺は自分に価値を見出せなかった。
美しく価値有る物を手にすれば、少しは価値を有するんじゃないか・・・。
思ったけどさ。」
「盗んで、盗んで、・・・いくら手に入れても、・・・・・」

 

 

 

「俺自身は無価値だ。」

 

 

 

「お前も自分の価値を探しているのに、なんでかな、お前はその理由を知っていたんだろうな。」

 

 

ラビは持っていた本で顔をの半分に陰を作る。
表情が伺えない。暗いくらい闇を落とした。

 

 

 

「何を持って言っても、盗んだ物はいらない。」
「なのに、小さな花で、あんなに綺麗に笑う。」
「俺はそんなお前に惹かれた。」




僕はラビから目線を外せなかった。
きっと僕の色の無い瞳にラビの鮮やかな紙の色が写っていることだろう。

「俺さ、最近思うんさ。」
「お前にとっての花は・・・俺で言うならお前のことだ。」
「俺が今まで盗んだどんな宝石とりもずっと・・・大切に思う。」
「モノじゃないけど、手に入れたいと思う。」
「そう思える自分が、少し誇らしい。」

 

 

 

喜んで良いのか、
悲しんで良いのか、
俺が自分の中に誇れる物を、
見つけたのは・・・






お前に恋してからだった。

 

 

 

 

 

どうして、


どうして手を離してしまったんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

話を聞きに来た子供達をジジィに預けたまま、俺は外の通りに腰を下ろした。
顔が赤い。立つだけの気力はまだ無さそうだ。
人込みでよかった。誰も自分の会話に忙しくて、道端に座り込んでる奴の顔を覗きこもうなどと思わない。
ガチャン!!!!!!
「出て行け!!!」
漸く顔の赤みが引いた時、人込みの中、一層大きな怒鳴り声が聞こえる。
誰もがその場所を遠巻きに見始める。
「うちの店はお前のような貧しい人間が来る所じゃないんだ!!!!!」
「す、すみません!!!」
「見られるだけで宝石の価値が下がる!!!」
白髪の男が、若い男を殴りつけていた。宝石店だろう。店の奥に並ぶショーケースの中が微かに光る。

「ああ、あそこな。ダイヤの首飾りが新聞に載ってた。」
「それから買えない奴らが、一目でも見ようとして集まって来るんだと。」

 

どうして、

どうして、離された手を、

寂しく感じてしまったのだろう。

 

 

 

昨日より少し掛けた月。
風が吹き込んでくる部屋の中、そんなことをぼうっと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「異常はないな。」
白髪の男は、毎夜の見回りを終わろうとしていた。
天井近くの窓から月の明かりが差し込んでくる。
薄暗い中に、そこだけが明るかった。


フッと窓から入ってくる月光が細まる。
いきなり月が欠けたのだ。満月に近かった月は、まるで三日月のように・・・
「陽炎!!!!」
よく見れば、そこには人の姿。陽炎の色をした顔の伺えないとし若い男。
首元に光るのは、自分の店の商品、ダイヤの首飾り。

「ダ、ダイヤの!!!」
「お前のような人間が人を見下せるのだから、お前の持つ富とやらには、余程の価値が有るのだろうな?」
「返せ!!!」
「貰っていくぞ。」


ダイヤを取り返そうとその手を伸ばす男をひらりと交わし、向かいのショーケースの上に飛び乗る。
ガタガタと傍に置かれた花瓶が揺れる。
暗闇中、かすかな色を発する花が目に付く。
そして必然のように思い出す。
自分が『ホワイトレディ』と称する白い白い色を持つ、彼を。
花を貰い、有難うと笑った彼の笑顔。



自分は何をしているのだろう。
首に下がるダイアの首飾りを指に摘む。




「このっ!!!」
頭に、重い衝撃が、走った・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・どうしたんだろう。
何時もならば、警察が騒ぎ出す頃には
とっくに盗み終えてここに来ているはずだ。
今夜は警察が賑やかだ。
「・・・・・・まさか・・・ね。」
心臓が音を鳴らす。
怖いくらいに聞こえてくる音と、外の音がシンクロする。
バタンッ
「アレン!!!」
「ど、どうしたんですか?」
義父だった。
何時もと変わらずの義父が額に汗を掻きながら僕の肩を抑え
「陽炎が」
そう叫んだ。耳が痛かった。

「今、陽炎を追っている!!!こっちへ来たはずなんだ、奴を見なかったか?」
「え・・・。」
追われてる?ラビが?
「今日こそ逃す手はない。人員を増やせ!!!捕まえるんだ。」
義父は後ろに居た部下にそう叫ぶ。だから、耳が痛いんだ。
「アレン、教えてくれ、絶好の機会なんだ!!!!」
絶好とはどういうことなんだろう。
・・・それでもラビは、ここへ来るだろう。



捕まって、ほしくない。


「何か判ることはないか?」
窓枠に置いた手が必死で、カーテンを掴む。
「有りません。」

 

 

 

いつからだったんだろう。
いつから自分の肌や髪を青白く見せる外の光に、
苦痛を感じなくなったのは・・・。

 

 

 

「・・・ラビ・・・捕まらないで・・・。」
こんな状況になってやっと気付くだなんて・・・
いつから?
いつから僕は――
カタッ

「ラビッ!!!」
後ろを振り返れば、ラビのあのオレンジ色。
「やっほ、ホワイトレディ。」
意気揚々とそう告げたラビの頭からは、オレンジ色とは似て非なる赤い色。
何度か擦ったのだろう、不自然に途切れた血の流れが見える。
「絶好」の理由。漸く義父の言っていた意味を理解する。
「少し油断しちまったさ・・・。」
「ああ、くそ今日は本気でやばかった。そこまでポリスに追われて。」
「あ、・・・ラビ?」
「もみくちゃにされたからなぁ・・・殆ど散ってしまってる。」
服の中から出された、バラバラに花弁の散る花束。
何の花か、やはり自分には分からなかった。
「ごめん。」
数本の無事な花をこちらに渡してくる。
今が夜でよかった。顔が熱い。きっと真っ赤だ。
どの赤い花にも負けぬほどに・・・。



出窓の淵に脚を乗せる。
「?、何して・・・。」
乗り出そうとした時だ。そちらに行きたかったのだ。
「だ、駄目さ!!!」
バタン!!!
押し開きの窓は何の生涯も無く、無常に閉じる。
硝子一枚。ほんの一枚向こう。直ぐ其処に、ラビが居た。
血は殆ど乾いていた。
「なんで・・・、傷の手当をさせてください!!!!」
「お前でも、捕まるわけにはいかないからさ。」
「なんで・・・。」
「お前に逢えなくなる。」

 

 

ラビの背後で花弁が酷く美しく舞っていた。
「・・・だったら、止めて下さい」
「・・・・・・」
薄い硝子の向こう。
ぬくもりが微かに伝わる。たった一度感じたあの温もりが。
「泥棒なんて、もう止めてよ・・・。」





気付いてしまったんだ。
こんなに辛いなら、いっそ気付かなければ良かったのに。
「気付いたって言ったじゃないですか、盗んだ物に価値なんてない。」
「だったらもう泥棒なんてしないくて良いのに・・・。」
思い知らされた。
触れられないのは自分もだった。
それがこんなにも辛いだんんて・・・。

 

 

 

 

『ホワイトレディ、お前に触れたい。』
『捕まえてポリスに突き出します。』
『ホワイトレディ、お前に触れたい。』
『だったら泥棒なんて止めてよ。』

 

 

 

 

「そうすれば・・・、お前は俺を愛してくれるんか?」

 

 

 

 

 

 

「はい。」

 

 

 

 

 

 

 

残ったのはたったの一厘。無事だった最後の一厘。
窓の隙間に挟められたたったの一厘。
近くで見てもやっぱり名前の知らない一厘。

 

 

 

 

 

次の日、陽炎に盗まれた物が、ポリスに届けられた。
それきり怪盗陽炎はぱたりと姿を消す。
このままでは陽炎の犯罪は迷宮入りだと、何の手がかりも掴めていない義父は頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街に出た。昨日と同じ道。
あいもかわらず人通りの多い通り。
そして気付く、
なんだろう、歩く先々の向こうで、笑い声が聞こえる。
歩けば歩くほど、近づけば尚の事、はっきりと大きく、人の笑い声。
聞こえる。これは聞こえてくる。ああ、なんだろう。懐かしい声。


『おっと、今日の聴衆はここまで、それではまた明日。』
パチパチパチ
人の拍手の音が凄まじい。笑ったり、ないたり、でもとても幸せそう。




「まって・・・。」





スゥ、陰が奥へと消える。
歩いては追いつけない。だから走った。走って走って、陰を追いかける。
人が疎らになる。人がばらけ始めたのだろう。








その後姿を捉えた。鮮やかなオレンジ色。
「待ってください!!!」

 

 

 

 

ラビ!!!!!

 

 

 

 

 

クスクスと、誰かが笑っていた。

「無理は駄目さ、」

 

 

 

 

 

昨日見た、煉瓦造りの小さな本屋。
「今夜伺っても宜しいかな?ホワイトレディ?」

 

 

 

 

 

ラビが

 

 

 

 

そこに

 

 

 

 

いた。

 

 

 

 

 

 

「アレンです。」

 

END

(08.07.20)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続きが見たい?しょうがないナァ、だったらほんの少しだけ。
さぁ、行って見て?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それからどうなったの?」
「さぁ?」
「さぁ?」
「だって、誰も陽炎の正体を知らないんだよ?知ってるのは陽炎と、その愛した人だけ。だから僕もこの続きは知らないんです。」
「えーーーー。」

「じゃあどうしてアレンは、そこまで知ってるの?」
「陽炎が居なくなってから、いろんな憶測が生まれたんだ。一種のブームとして。」
「それから?」
「陰で本も発売されたと言ってました。さっき話したのはそのお話の一つ。」
「じゃあ、オクソクなの?」
「難しい言葉を知ってるね。そう憶測。多分。仮定の話。」


「じゃあ、陽炎サン達はどうなったのかな?」
「どっちが良い?」
「幸せになってくれると嬉しい。」
「うん。」


「でも泥棒だろ?」
「泥棒でもとってもいい泥棒だって、ママ言ってたよ?」


「アレン。」
「はい、店長?」
「もう暗くなるから、子供達帰すさ。」
「だって、これで終わり。早く帰ってあげないとママが心配するんじゃない?」
「わぁ、ホント外真っ赤!!!」


「そういえば、陽炎の髪はオレンジ色だったんだろ?」
「そう聞いてるけど?」
「店長もオレンジ色だ!!!」
「あ、ホントだ。」
「案外、陽炎は俺だったりしてぇ!!!」
「「「ありえない!!!」」」
「何さ、それ!!!うっわ、酷いし。」
「だって、店長ヘタレだもん、」
「ドジだもん。」
「運動神経ないじゃん!!!」
「・・・・・・他は良いとして、ヘタレって何さ!!!」
「キャー、店長が怒った〜!!!!!」
「駄目ですよ、店長。ほら、そろそろ帰らないと。」
「はーい。じゃあね、アレン、店長!!!!」
「またね。」
「おう。」

 

 

 

 

 

 

「実際、どうなんですか?」
「何が?」
「ヘタレ店長。」
「アレン?」
「嘘ですよ。」
「知ってるくせに・・・。」
「そうですね、ラビ。」