詠 月 と 時 雨 月
ハッピー・バースディ!!

そんな素人交じりの英語を大声で叫んだ見知らぬ金髪に対し、
額に血管を浮き上がらせてこれでもか、と勢いよく扉を閉める暴挙に出たのは、短い生涯でこれが始めてのことだった。
ついでに、その後鍵をガチャリと閉めたのはお約束なので黙殺する。


9/22 Buon Compleanno



キーチェーンロックをかけた扉の向こうでおーい、と拳で扉をノックする音を強制的に耳を塞ぎ、
さぁ、もう一眠りと欠伸をしたところで騒音が消えたのに気付いた。
漸く諦めたか、と詰めた息を吐き出したとき、「いいのか〜」とまるで呪い殺すような低音が扉の下部から聞こえる。
なんだ、こいつはと目尻を轢く付かせてしまった。


「居座るぞー、泣き叫ぶぞ〜、駄々捏ねるぞ〜、俺はうるせぇって評判なんだてばよー。」


否だったら開けろ、中入れろ、と囁く声は紛れもなくあの金髪。


「うるせぇな、大体てめぇは誰だ、つーかどーしてエントランス通ってこれんだよ。」


勉学後バイト明け2時間後の今現在、アナログ時計の短針はまだ3の数字を過ぎたばかり。
窓外は、一切明かりのない闇世界。オフィスビル群が連なるそのエリアは夜に光を見つけることさえ難しい。
エリア向こうに見える歓楽街からの光が朧気に見えるだけ。
高層マンションから一望できるその夜の世界はドーナツのようにぽっかりとそこだけが暗い。
後ろでは今だに「いーれーてー」と子供のように騒ぐ赤の他人。
今度こそ、外にまで聞こえるように大きく溜息を吐くと、数歩進めた足を踵を返し、ドアの前に仁王立ち。
見えていようとなかろうと関係ない。


「質問に答えろ。」
「だーかーらー、君のママから聞きました。」
「・・・・・・ママ?」
「マダム・ヨシノの紹介で君のCompleannoを祝いに来ました。名前は、あー、『ナル』でいーや。メッセージを預かってます。」


だから開けてくだいさい、ナラシカマル君。
どこか事務的にそう告げた金髪の言葉に暫し呆然。扉の向こうでは金髪・『ナル』が「はーやーく」と催促する。
これが知人からの使いだったのなら、さっさと追い返してやるところだが、両親の、しかも母親からとなれば話は別になってしまうわけで。
嫌々にキーチェーンを外し、付属の鍵を開けた。


「やっと、逢えたってばよ、」

ハイ、これバースディカード。


手渡された一枚の封筒。
ちょとまて、バースディカードって、もっと色気あるもんだろ。なんだ茶封筒って。

訝しげに思うもゆっくりと糊付けされた封筒を開ける。
息子宛に手渡すのに、何故糊付けまでする意味があるのかは、両親にしか理解できないだろう。
しかも中身は縦書き便箋。更に菊の華の透かし模様。一体、どこがバースディカードなんだ。


「何がしてーんだ、あの人たちは。」


綺麗に三つ折にされた便箋には、達筆な親父の字。今のご時勢、何故筆で書く、と今更突っ込む気もない。
そんな元気はない。やれやれと溜息を吐き出して、手紙の内容を目で追っていく。


曰く、

 「金髪は両親の知人の息子で、イタリアからの帰国子女。」
 「9月から高校に編入することになっていたが手続きが遅れた」
 「しかも入所予定だった寮も手違いで駄目になり。」
 「丁度いい処に俺が現在マンションにて一人暮らし中。」
 「とりあえず同居させてやれ」
 「2家の両親はそのまま新婚旅行に行くらしい」

ということ。
ああ、どうせなら前もって言っとけよ。とここには居ない父親に悪態をつきたい。
あの糞親父、今度あったらとりあえず一発殴る。大丈夫だ、母親は俺に甘い。
9割の確立で俺と一緒に親父を責めるだろう。

頭の中で報復プランを瞬時に立てながら、はぁ、と既に癖になった溜息を一つ。
手紙の最後を締めくくる「誕生日おめでとう」の文字に殺気すら覚えた。


「事情は飲み込めたけどよ。お前、・・・あー、『ナル』だったか?荷物は?」
「ノープロブレム、空港から宅急便で送った。」
「・・・」


便利な世の中だよなぁ、金髪はへらりと笑った。
雑用が増えたと思ってくれればいーから。


「部屋なんて空いてねーけど?」
「知ってる、全部本で埋まってんだろ?」
「どこで寝んだよ。」
「えー、シカマル君と?」
「却下。」


めんどくせぇ、口癖を呟きつつ、金髪は放っといてリビングへと足を向ける。
徹夜なんてのは慣れてるし、今更苦ではない。然し、一度は眠りに落ちたはずの体を起こすのは少々骨が折れるもの。
しかも自分の、地を這う様な血圧と寝起きの悪さを考えれば尚更。きつめの珈琲でも飲もうと、キッチンのコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
俺も欲しいデース、喚く金髪の言葉に、やはり溜息は出てしまうのか、と知った。

この金髪が己の生活をぶち壊すであろう予想と確信を第六感が告げる。
どうにでもなれ、とは言わない。せめて、平穏が欲しかったと呟いたところで、哀しきかななってしまったものは仕方がないらしい。
だからと言って平穏な日常を棄てることが出来るかと問われれば即答できるほど諦めちゃいない。
しかもその原因がこんな金髪だなんて一体なんの冗談だ。三流映画よりも笑えない。

ああ、それならいっその事現実を逃避して莫迦みたいに笑ってやろうか、大声で。
しかし思ったところでそれすらも面倒だと、快く断念した。勿論未練なんてこれっぽっちも存在しない。
最後の一滴を搾り出した機械からカップを抜き出し適当に揃えられたコップに移す。
自分の分に砂糖を一杯入れてもう一方はブラックのまま無言で差し出した。
アリガトー、と間延びした返事を背に俺は少し離れたソファに腰を降ろす。
金髪はさてどうするかと悩むようにカップに口をつけながら唸っていた。
一見すれば俺の入れた珈琲が拙くて唸ってるみたいだ。


「とりあえず、座れ。目障りだ。」
「うわ、初対面の奴に優しさの欠片も無し?」
「親父の知り合いなんだろ?じゃあ必要ねぇ。」
「シカクのおっちゃん、息子に嫌われてかわいそうに。」
「あいつは母さんがいりゃいいからいーんだよ。」


未だに新婚気分なあの両親は目下俺の頭痛の種となっている。
幼馴染の二人に生暖かい眼差しを受けたときの居た堪れなさは一種のトラウマだ。
もっとも最近じゃ、慣れてしまったのか大したダメージではない。


「とりあえず、鍵は合鍵作るとして、マジ寝床どーするよ。」
「え、あれ?ちょっとタンマ。」
「なに?」
「いーの?俺がここ住んでも?」
「母さんがOK出したってことは俺に拒否権はねぇ。」


うわぁ、ヨシノママサイキョー!
金髪は何が嬉しいのか楽しそうにニコニコと笑っている。
さっきまで『ピエロ』の面でも被ってたいたのか、然し今はまるで子供そのものだ。


「猫、」
「へ?」
「剥がれてるぜ?」
「・・・・・・」


金髪は眼を見開いてありゃ、と小さく声を零した。俺はその声に気付かぬ振りをして少し冷めたカップの中身を口にする。
一抹の沈黙が流れたまま、ちらりと金髪を見れば、先程から同じ表情で固まって、然し眼だけはきょろきょろと動き回っている。
ああ、なんだか猫みたいだ、とくすりと口元に笑みを浮かべた。


「・・・あー、・・・」
「ん?」
「奈良、シカマル君。」
「は?」





「ずっと君が好きでした、」
「俺と結婚を前提にお付き合いしてください」





この世に生まれ落ちてこのかた17年。
奈良シカマル。
誕生日の翌日に貰ったプレゼントは、
熱烈な自分よりも女顔の男からの告白と
結婚指輪代わりのシルバーリングでした。
(09.09.25)

あのー、シカマルさん?なにしてんの?(あれ、なにこれ、脈有り?)
お前の髪撫でてる。けして脈有りとか抜かしてんじゃねーぞ。
・・・・・・、なんで?
お前の髪、ロアにそっくりなんだよ。
『ロア』?
俺の可愛い飼い猫。