ああ、そう。
で?
すらりと癖一つ見当たらない長いお御足を優雅に組み、膝の上に乗っている猫を愛おしそうに撫でるその黒の麗人。
興味の無さそうな声色で、しかし表情、と言うかその眼は明らかに殺意を持っていたりなんかした。
嗚呼、神様。
俺は次の誕生日まで生きていられるでしょうか。少しだけあの猫が羨ましく恨めしいと思った罰ですか?
本当に、ほんの少しだけだったのに!
9/23 Regalo Di Defana
とりあえず、眠いと言い放って邪魔するなとばかりに、鋭い切れ長の目尻を更にきつくした黒の麗人は、
珈琲を前に真っ赤になっている俺を残してさっさと寝室らしき部屋に引き篭もった。
あれ、返事は?と言いかけた俺を、彼が包み込むオーラが更に黙らせる。
美人が怒ると氷点下って本当だったんだ、と少しずれた感想を思い描いたのは単なる現実逃避に過ぎなかったりする。
まぁとりあえず、俺も眠いので眠りたいなとキョロキョロと辺りを見渡す。
完全に天岩戸と化した彼の寝室には、冗談でも入れそうにない。入ったら殺される。
獣並みの第六感が危険ランプを高速回転しはじめていた。
窓際に置かれた重厚な革張りの黒いソファを見つけ、のっそりと立ち上がる。
実際、頭はかなりの時差呆けを起こしておりマンションに着いたとき1時間程外で意識を飛ばすように、エントランス前で唸っていた。
寝呆けた頭がヨシノママに聞いた番号を遥か彼方に追い遣っていたからだ。
脳内のシナプスがふとした瞬間に繋がったから良かったものの、もしかしたらあと3時間くらいずっとエントランスで寝てたかもしれない。
自覚した途端目蓋は重く圧し掛かり眠気が襲ってくる。
彼がリビングの電気を消さずに寝たのは一種の俺に対する優しさだと思いたいが、単なる忘れたからなのかもしれない。
然し俺を追い出さずにそのまま寝室へと引っ込んだところを見ると、一応同居の権は了承を得たと言ってもいいらしい。
扉はオートロックだからキーチェーンを掛けて見える限りの明かりを消し、リビングの照明も予備灯のみにして俺は眠りに付いた。
再会故の緊張は余計な心労を伴なって、俺は早々に意識を手放した。
薄皮一枚向こう朧気な明かりを認識し、その少しばかりの眩しさに眉間に皺を寄せた。
眩しいと掌を翳して灯りを遮ろうとすれば、自ずと意識が浮上するのが判った。
ゆっくりと開いた瞼の奥にふとぼやけた影を見つけて一瞬にして眼を見張る。
ハテ、ココハドコダ?
数年住んでいたイタリアの部屋とは配色も配置も違う。
白壁の多い向こうの室内は言い例えるなら"白"。しかしこの部屋は"黒"。
もちろんそれだけではない。フローリングの"茶"だってあればテーブルなんかは透明な色。
何もかもが自分の知る自室の物と合致しない。
「・・・、」
掠れたように喉を鳴らしても結局音が漏れることはなかった。
未だに不鮮明な視界と頭を頭を振って覚醒を促したところで今一効果が現れていない。
喉の奥がかさついていて応急処置に水を飲もうと手を伸ばせば、
いつも必ず置いていたミネラルウォーターのペットではなく、何故か肌触りの言い細く薄い毛並みと生き物特有と暖かさ。
確かめるように何度も指先に絡ませても感触が一向に替わる気配はない。
アレ、?と頭の中に疑問を抱いてもそれを解決できるほど今の自分の頭が稼動していないことくらいは理解できた。
さて、なんだこれと開いた片手でごしごしと片目を擦る。
眠気は更に増しているにもかかわらず起きてしまった寝起きの思考回路は漸く『眼を覚ます』ことを覚えてくれた。
そのことに少し安堵して眼をぱちくりと見開いた瞬間、突如として訪れたその感覚。
「・・・ 、っ、・・・」
てぇ!!!!
最後のほうはマジで声にすらならなかった雄叫び声。
これなら死人も一発で起きる!!とありえないことを考え始めている思考回路はもう既に常時の時と同じだけ覚醒していた。
ああ、おかげさまで心地好い目覚めでした、アリガトウ。
「ね、ね、ね、ね、猫!?」
先程から霞む視界でゆらゆらと揺れていた黒い影の正体に気付いて思わず素っ頓狂な声が漏れる。
目の前ではドアップのその猫が紫色の瞳をゆったりと開閉している。
なー、と特に喋っているわけではなくただ見せ付けるように口を大きく開いたその奥には意外にも鋭利な牙。
ああ、そりゃいてぇよお前さん。喉の奥を鳴らして威嚇音を出す猫に思わず後ずさりした瞬間だった。
「ロア、」
耳通りのいい声が微かな波を作って伝わってきた時、目の前の猫はなぁ、と先程とは全く違う甘えた声で俺の前から姿を消す。
身体を起こしてその後を辿ればその黒猫はそこに立っていた人の脚に擦りついて甘えたように喉をごろごろと鳴らしていた。
飼い主の登場か、と視線を上げて、瞬時に今までの、と言うか数時間前の記憶がフラッシュバックしたのは最早条件反射だったりする。
ああ、思い出した!!と瞬間湯沸かし器も真っ青に顔に熱が溜まった。
「目覚まし役、ご苦労さん。」
黒の麗人は足元に擦りつく猫を抱え上げ、ゆったりと頭を撫でていた。
毛並みに沿って添えられる手にうっとりと眼を閉じるその猫に。
羨ましいと妬ましいの感情が産まれたりなんかした。勿論単なる嫉妬だ。
実際のところ本当に羨ましい。
寝る直前、寝惚けていたのかどうかは判断できないけど、彼は俺の頭をかき混ぜてふらりと引き篭もった。
猫みたいだとかどうと言ってふわりと笑うもんだから思わず顔が熱くなった。昔の面影をそのまま残した彼が笑う。
ただそれだけのことにあれほど動揺するとは予想外だった。
仕方ない。そう仕方がない。だって夢見た姿が目の前にいる。そこに存在している。
足を一歩前に進め、手を伸ばした先に。直ぐそばに彼がいる。
思い焦がれた存在が、確かな形となってそこにいる。
「、し、」
「おい、金髪」
俺の声を遮って彼は、猫に向けていたのとは全く別種の微笑を携え、俺の前のソロソファにドカリと腰掛けた。
言葉で制されることもなく、ただその雰囲気のみに圧倒された俺は、といえばそのまま両膝を揃え拳を握りこんでいた。
だらりといつの間にか流れていたその額から落ちた汗が顎先へと伝い行くの肌の感覚で感じながら、
その妖美なまでの艶やかさを持った微笑みに、首を締め付ける鎖の先を握られた気分へと落ちていく。
「洗い浚い吐いちまえ」
俺に一切の嘘は通用しない、言外に言われ思わず溜まった唾液を飲み込んだ。
ああ、俺は一体、なんて奴に惚れてしまってるんだろうと、後悔とは違った感情を言葉にする。
それでも、心中を染めるこの貪欲なまでに汚い感情に勝るものは存在しないのだと知った。
ホシイ、と獣が本能のまま食欲を満たすように、気付けばただそれだけを願っていた。
この世に生まれ落ちて凡そ17年。
渦巻ナルト。
カ レ ガ ホ シ イ 、と
この先一生分のバースディプレゼントを
あらゆる神に願った瞬間だった。