大
事
の
前
の
小
事
「あー、」
間延びした長髪赤毛の青年が発した声に室内の住人達は一時顔を上げ人物を確認するだけに留まり、その後各々の仕事に精を出し始める。
此処では頻繁に見られる光景に青年もまた文句を言う事は無い。慣れとはそう言う物だ。然し、青年からすれば今回それ処じゃない。
青年が身を乗り出し一つの机に手を掛け、然し其を見てぴたりと動作を止めてから2分と38秒。
机の主は相も変わらず無表情で仕事もせずに本を読み耽っている。
誰一人彼の行動を咎める者が居る筈も無く(寧ろ居るなら是非見てみたい)、そのままと言う訳だ。
青年が3日ぶりに任務から帰還し面倒と言いつつも、彼に会いたいが為に渋々報告書を出しに来てみれば此れだ。
嗚呼もしかしたら共に任務から帰って来たパートナーであるあいつが向かった解析室でも同じ状況に成って居るだろう事が予想される。
否、間違えた。大騒ぎに成って居る違いない。
解析室の人間は生憎と室内の彼等よりも付き合いが短い。残念な事に、だ。
「鷸緋、青鵐」
「「はい?」」
室内に居た彼等の名前を呼べば何ですか今更と意味を含んだ返事が返ってくる。
それはつまりあれですか、数日このままだって事ですか?
「今現時点を持って71時間20分23秒になりますね。」
「二人がやる分は右の箱の中、だそうだ。」
当たり前の様に其だけ告げ彼等は黙々と内勤仕事を終わらせてしまう。
一息吐こう青鵐と呼ばれた男が急須片手に茶菓子をどれにするか悩んでいる。
その横では鷸緋と呼ばれた男が青鵐の分の書類を纏めて部隊長の机にどっさりと置いた。
その動作を眉一つ動かさずこの御仁様は本に没頭。否其は良い。
そんな事微々たる問題にすら成らない。と言うか寧ろそんな事じゃないのだ問題は。
「、放置?」
「「当然」」
重厚な机の上に置かれた一枚の紙。
菊の花を模した文鎮に因って押さえられた其を青年はもう一度じっくりと見る。否、見る必要も無かった。
書類サイズの紙にでかでかと書かれた一文字の漢字。
今どんな状況かが判る簡潔な言葉に、青年は眩暈を覚える。嗚呼、又か、と。
「その心は?」
「「時間が勿体無い」」
要は忙しい、と。
彼の行動を熟知した上での返答。流石だと青年が思案する。
長く彼と行動を共にして来た年月は伊達ではなく彼等は一切無駄な事をしない。
感心しながら青年は大きく項垂れる。折角久しぶりに逢えると思ったのに、と。
同情する様に鷸緋が青年の肩を叩き、一緒にお茶しようと青鵐は湯飲みを三つ机に置く。
勿論青年が好きな茶菓子も一緒にだ。
換気の為に開けられた窓から風が入り込み、机の上の例の紙と、無駄な程精巧に造られた人形が持つ本の紙がただ揺れた。
同時刻、何処からとも無く聞こえた引き篭もり達の叫び声をBGMに青年-鴇杜-は涙した。
当分睡眠にあり付けそうにない、な。と。
「てめぇ等、馬鹿か?」
開口一番なんつー言い草だ、と誰もが思い誰もが逆らえずに沈黙する。
そんな様子を短髪黒髪の青年は面白くもないと眉間に皺を寄せ額に血管を浮き立たせる。
沸き起こるドス黒くチャクラにも似たその空気を纏った彼に意見できる者は、部屋の奥で堆い本の山に囲まれた彼しか居ない。
故に皆一様にそっと彼へと視線を向ける。
「だーかーら、それが馬鹿だつってんだろ。」
その神々しいまでの綺麗な容姿を歪め(それでも端麗なのは何故なのか)不機嫌を隠そうともせず青年は自らの席にどかりと腰を降ろした。
ぐしゃぐしゃと艶のある短髪を掻き乱し机の上に置かれた尋常じゃない紙の束をぺらぺらと捲る。
曰く、字が汚ねぇ、意味が判らねぇ、やり直せ、とはっきり言って容赦がない。
更に言うならばそれぞれを処理しただろう部下に剛速球で投げ返す始末。
いくら術を使っているとは言え、重要書類の束を投げ返さないで欲しいと落胆。
受け取る方は一般人です、なんて意見は青年には聞く耳持たず。
「ついでにてめぇもだ。」
とばかりに投げ返されたその束を受け取って、奥に居た穴倉の住人は苦笑。
やっぱりですかと呟いた声に誰もが耳と眼とついでに自分の頭を疑った。
誰もが嘘だ、ありえない、天変地異!!と騒ぎ出す。失敗は誰にでもありますよ、なんていう慰めの言葉なんて存在しない。
どうしたんですか、病気ですか!!風邪ですか!?いや待てその程度で壊れるはずがないと言いたい放題好き勝手な彼等にやっぱり彼は苦笑する。
さてどうしたものかと悩みだすのを青年は頭を押さえながら俯いてしまった。
いいのかこんなんでこの里は。と青年は頭痛を抑えようと大きく溜息。
里の頭脳の一部である解析室がこんなんではどうしようもないんじゃないだろうか、と。
医療班!!と騒ぎ出す部下を尻目に彼は相変わらずの困り顔。
さて収集が付けられなくなったと思って居るのか居ないのか、寧ろ彼のことだ付ける気もない。
何故って『彼』からすれば所詮は他人事。実害が及ぶのは彼にであって『彼』にではない。
こんな事に付き合わされたんだ、これくらいなんともないだろ。
本当にいい性格をしている。
3日ぶりに帰還してみればこの状態だ。恐らく『彼』はずっとこの状態だった事だろう。
鬱憤が大いに溜まっているらしく、そろそろ茶番を終わらせろと針を指したような殺気と視線を感じる。
表情が彼其の物だけに何とも妙な気分だ。大体この状況を作ったのは彼であって自分じゃないと青年は考える。
周期的に起こるこの現象に付き合う『彼』にも原因があると推測する。
「餌はなんだ?」
「、栗ご飯にお吸い物、ついでに秋刀魚の塩焼になんと卵豆腐と杏仁豆腐、その他前菜等8品目。」
「紅葉御膳か。」
騒ぐ部下を尻目に二人は和やかに会話を続ける。
否然し其の程度で釣られるなよお前、と青年の溜息に断固否定するのは『彼』。
「主の御膳は貴重品なんです!!」
否拳を握らなくて宜しいですよ。青年は今度こそ聞こえるように深く息を吐く。
そしたら何故か恨めしそうに『彼』は青年を睨みつける。曰く「貴方達は頼めば作ってくれるでしょう!!」だそうだ。
それは明らかに青年の所為でも無く、敢えて言うなら彼の性格に問題があるのだ。
「鴇杜がお気に入りだしな。」
今頃隊の執務室で同じ様な状況に成って居るだろう相方を思い描く。
否違う。絶対茶してる。今の時間なら鷸緋と青鵐がいるだろう。
彼等は彼を良く知っている。少なくとも青年や此処の混乱している部下達よりも。
「んで?」
「ん?ああ、はい。これです。」
書類サイズの用紙をそっと渡される。紙面一杯一杯に大きく書かれたたった一文字。
今の状況下を大いに表すその一文字にやっぱりかと米神を押さえる。
これより数日のスケジュールを組み直し執務室に山積みになっているだろう書類も思案する。
易く見積もって3日の不眠不休。
三大欲求を満たすなら4日。
1時間未満に泣き付いて来る相棒と数時間後に迫ってくる各部署の部下の対応込みで5日。
まぁ、好い頃合だろう、と算段をつけながら、青年は多忙を極める前に安息を確保しようとそっと部屋を出て行く。
後ろで漸く身代わりに気付いた部下が騒ぎ出すのをBGMに青年-鴻闇-は癒しを求めて執務室へと足を進めた。
書類サイズの紙面に書かれた毎度毎度の漢字一字。
今回はこれかぁと和やかに茶を啜る4人+1匹とどう言う事なのかと説明を求めて押し寄せる忍び共の使い鳥。
『旅』
今回ばかりは長いかもしれないなと呟いた声は風来坊の彼にも届いたかもしれない。
この騒動を起こした彼、つまり『狼鵺』と呼ばれる青年はこうして周期的に逃亡する。
決まって一字残してから。
期間の幅もまちまちで
『逃』の時は3日で帰って来た。
『休』の時は1週間後に捕まった。
『消』の時は10日後に見付かった。
今回『旅』と言うからには相当長そうだ。
仕事を押し付けられ、最終的に解析室から逃亡した鴻闇の予想では長くて1ヶ月だと言う。
強制的に身代わりにされた狼鵺の使役である那智は妥当ですねと茶菓子を啄ばむ。
少し不機嫌に机にうつ伏せこれから数日を嘆く鴇杜は狼鵺の馬鹿とぶつくさ文句を告げた。
長年狼鵺の両腕として付き添ってきた鷸緋と青鵐は何一つ動じた様子もなく話しに華を咲かせている。
とりあえず、満足すれば返ってくるだろ、と言う先輩二人の声に鴻闇と鴇杜は揃って茶を啜った。
彼等にとって迷惑を被るのは自分達ではなく他の部署の部下共なのだ。
きっと狼鵺の事、必要最低限の仕事は終わらせているに違いない、寧ろ絶対近くにいる。
鴻闇には確信があった。理由はない。ただの勘だ。狼鵺相手に幾ら計算しても間に合わない。
人間、いざとなれば本能のままだ。
鴻闇は諦めたように茶を啜った。
(短く見積もっても1ヶ月だな)
(そんな逢えなかったら俺死ぬ)
(そんな暇もねーよ、絶対)
(狼鵺の馬鹿野郎!!)
狼鵺様の逃亡しました
もう慣れっこです。