謀
     者
       達
     の
   
   笑
   み

 

人間の人生とは、十人居れば十通りの生き筋が存在していると説いたのは誰だっただろうか。残念なことに私は覚えていなかった。
百人居れば百通り、千人居れば千通り、幾万ならば幾万通り。そのどれを取っても決して同じ道筋を辿ることはない。
喩え幾ら似通っていたとしても必ず何処かしらの相違が存在するのだと言う。

それは、人が弛まなく平等なのだと繰返す平和主義者の言葉を否定する。現実逃避をする輩を一掃する言葉のように聞こえる。
平等と言うものが存在するのならば、先に述べた幾多物道筋もまた皆平等であり相違など存在することもない。

偉そうに説いてみたが、私が言いたい事はつまり、運が良い人間が居れば、当然悪い人間と言うのも存在すると言う事になる。
では私は一体どちらに入るのだろうかと考えて、思考する間も無く即座に否定の言葉をこうもでかでかと頭の中に浮かべてしまっていた。
自覚している当たり、既に末期の類に入るのではないだろうかと言うレベルにまで陥っていたりするわけだ。この際、もう神頼みでも何でも良かった。
とにかくこの状況を解決したかった。然し問題が一つ浮かび上がる事になる。果して神は人間でない私の願いを聞いてくれるかどうか、と言う事だけだ。


「さっきからブツクサと、何くっちゃべってんだ?お前、」
「いえ、なんでもありませんよ鴻闇様。」
「・・・」


ええ、判りました。判りましたからとりあえず、その変人を見るような目で私を見ないで下さい。


えー、私の名前は『那智』と申します。何?知らない?まぁそうでしょうとも。当然です。私は普段人目に付きませんから。
裏方とかそう言う意味でもなく、本当に目に付かないのです。所謂俺は使役。
分類的には式や式神と言った『人外の従者』と大して変わりません。と言うか寧ろ同じです。何一つ変わりありません。
では何故式や式神と呼ばれないか、と言う疑問が出てくる訳ですが、なんてことはない。
私は妖や神獣と言った類の物でもも、ましてや天座に着く御方でもない只の力を持った獣だからです。
正体?まぁ、それは後ほどと致しまして。まぁ、要するに忍が相棒とする忍獣と殆ど大差ありません。
では何故忍獣ではないか、と言われればそれこそなんてことはありません。
私を使役する主・狼鵺様が私を忍獣として育てなかっただけでございます。
寧ろそう育てて欲しかったのに、何故俺は狼鵺様の身代わりに?あれ?


「狼鵺が楽したかったからだろうな。」
「ですよねー。」

あれ、俺声出してました?え、静かなもんだ、・・・・・・、まぁ良い次に行きましょう。



「逃避か、」
「煩いです。」


世にも奇怪な文字と文章の羅列と格闘しつつ、鴻闇様の突込みにもついでとばかりに返しながら、私はペンを走らせます。
だって喋っているよりも一文字でも多く文字を書かなければ今日も徹夜です。ああ、いえ、私はいいんです。それでも構いません。
結局私は狼鵺様のチャクラで今此処に存在しているようなものですから、元々実体の無い俺は不眠不休でもバッチコイです。
然しお腹は空きますので食料はかかせませんが。問題は自分以外の事なのです。そう、その一端を担うのが目の前にいる鴻闇様。
彼もまた不眠不休を始めて今日で一週間目。今までの統計を取るならそろそろ限界でしょう。

現に端正な顔には影が落ち始め、目の下に隈まで造り始めています。あの鴻闇様が睡眠を取れない状況なのは相当拙いです。あの居睡り魔が。
鴻闇様の持つその活発かつ有能すぎる脳細胞は他の誰よりも睡眠と養分を必要とされます。元々睡眠とは日中蓄積した情報を処理するためのもの。
只でさえキャパシティの大きい狼闇様は日々蓄積していく情報量も半端じゃない上、使用頻度も並処の話でないのです。其の上睡眠無しと来ました。
そろそろ目処を立てなければ理性と言う名の防波堤も全壊するでことでしょう。これは2日ほど使い物になりません。勿論、心配事はそれだけじゃないんです。
そう、私の不幸の半数の原因を担い、そしてこの鴻闇様のパートナーを務めるお方、鴇杜様。彼が一番厄介といえば厄介です。

実の処鴻闇様がストレスマックスになっても然程怖くはありません。他人に構うよりも癒しを求め睡眠を寄り多く取る事に脳神経を使うからです。
何より普段から不機嫌な上に元が俺様体質だからでしょう、慣れとは恐ろしい物。少なくとも私には効きません。然し鴇杜様はそうは行かないのです。
何故って、一週間もの間、喩えそれが崇拝する狼鵺様の代役だとしても、それでも気にいらないのでしょう。この私が!!
そう何もしてない処か一応役に立っているはずのこの俺を、です。

何故ってそりゃあ貴女、大事な恋人が他の奴と四六時中一緒に居る処を見て冷静になれって言う方がが可笑しいでしょ?らしいです。勿論鴇杜様のお言葉です。
スイマセン、私使役な上に人間じゃないんで判りません、なんて言い訳しても問答無用で嫉妬心露にどす黒い殺気を向けてくるんです。堪ったもんじゃないです。


「ねぇ、鴻闇様、」
「あ?」


私の十倍程の速さで仕事を処理していく鴻闇様に俺はふとした疑問を持ちかけ、然しそれが間違いだったと悟る。
嗚呼、失敗したと後悔しても既に後の祭。
ああ、私の大馬鹿野郎!!やっぱり私はそう言う人生(獣ですが)を歩む事になるんでしょうか、狼鵺様!!


「鴇杜様とは逢いました?」


「・・・」
「え、鴻闇様?」
「あー、   」

あ、珍しい。ときょとんとした私に鴻鵺様は悩むように机に拳を叩きつけ始めました。どうしたんでしょうか。


「那智、お前最近鴇杜に逢ったか?」
「いえ、主と鴻闇様の替わりに任務に出ていて殆ど。あ、でも今日の朝方帰還したと報告は受けてますよ?」
「そうか、」
「・・・鴻闇様、もしかして鴇杜様から逃げてます?」
「・・・・・」

嗚呼、図星ですか。
珍しいですね、然しコレは可笑しいことになっています。一応この二人は恋人同士。任務で長く離れていたなら速攻で逢いたい筈。
しかも相手はあの独占欲の馬鹿強い鴇杜様。速攻で逢いに来てるものだと思っていた私の勘は大きく外れたと言うことでしょうか。


「一体、何故?」
「んなの決まってるだろ。」
「は?」
「仕事になんねぇんだよ。」
「・・・・・・何故?」
「何故?だと、?」
「え?」




「鴇杜の相手すっと一日潰れる。とにかく潰れる。しかもここ一週間逢ってねぇからな。そのままベッドかその辺りにあるソファに雪崩れ込む事になる。あの体力馬鹿が満足するまで相手してやったら一日どころじゃ足りねぇよ。実際俺は逢えればそれで嬉しいんだよ。俺の隣で何もせずにいられるならそれでいい。腕の中で眠ってくれればそれでいい。そりゃまぁ欲しいと思う時きは有っても、俺は其の手の感情も欲も極端に少くねぇ。その事ををあいつも知ってるはずなのに、だ。しかも今は狼鵺がいねぇ。はっきり言うがな、俺は狼鵺がいないことを理由にするつもりはない。寂しいって感情だけで鴇杜を抱くのは耐えらんねぇんだよ。お互いに狼鵺の変わりになんかしたくない。」



きっと鴻闇様は気付いてないんでしょうね。その顔、
いつもマイペースで不機嫌を顔に貼り付けたようなこの人は、滅多な事じゃ表情を変化させないないよう訓練されています。
勿論生立ちも関係あるのでしょうが。彼は元々完全な無表情無表情だったそうです。
まるで感情のないように笑うことも泣く事もなかったのだと狼鵺様はおっしゃっておりました。
狼鵺様、鴇杜様とお遭いになって漸く表情を着ける様になったものの、心許せる者の前では昔の癖が戻ってしまったり、ポーカーフェイスも崩れるそうです。
この場合、光栄だと誉れに思う事なんでしょうが、


「(悔しそう、でしたね。)」

何時だったか、狼鵺様がおっしゃっておりましたね、そういえば。
『鴻闇は寂しがりやなんです』と。育った環境が原因なんでしょうけど、






「結局、寂しいのは鴇杜様だけじゃないって事で宜しいんですかね?」
ねぇ、狼鵺様?



「それだけなら、まだマシだっただろうなぁ。」


緊急の用事により暗部に呼ばれ出て行った鴻闇様。私は一人こうして残されてしまったわけですが、特に問題があるわけではありません。
一人なら気分は楽だったでしょう。然し生憎とそう言う訳には行かなず、誰も居ないずの解析室長室に響く私以外の声。耳通りの良いアルト声。
勿論私は愕く事無く、ゆっくりとそれこそ急須を持ち上げながら振り返った。お茶をお飲みになりますか、と言う誘いの常套句を述べながら。
その言葉に御方はニィと口角を吊り上げ、どかりと私の座っていた一人掛けのソファに腰を降ろし足を優雅に組んでいました。
まるで燃えるような赤毛を鬱陶しげに掻き揚げながら指に挟んでいた煙草を、無駄な動作一つせず口元に運んでいく。
優美なまでのその仕草は芸術そのもの。


「どうしてですか?」

私は御方がお好きな饅頭を菓子筌に載せ差し出した。
案の定、口元の煙草を外し変わりゆったりと饅頭を運んでいく。


「んな生温い感情じゃねぇってこと。」
饅頭を緑茶と共に流し込み、その方はやはりにぃと笑みを浮かべた。感じた違和感はほんの一瞬、刹那の時間。しかもそれは御方へではなく。
然し次の瞬間に理解できてしまうのは、私が狼鵺様の使役だからなのでしょうか。嗚呼、と呟いた声に御方はどうしたと呟いてくださりました。
視線を向ければ、その狼鵺様と全く同じ容姿を顔をゆっくりと上げ、然し狼鵺様とは全く別物の深い海色の瞳をで早く言えと催促してきた。


「お早う御座います、鷆翠様。」
「ああ、おはよう那智、」

そういえばまだご挨拶をしていなかった、と思いついた行動に御方・鷆翠様は可笑しそうに大笑いを決め込んでくれました。
そして鷆翠様も同じようにああ、と思い出されたように呟いて成程と一人での自己完結を終わらせてしまう。



そして、お休みなさいませ、狼鵺様。



鴻闇様がお戻りになるまで凡そ1時間弱。私達は静かな茶会を催すこととなる。

(やっぱ茶には狼鵺の菓子だよな)
(ああ、金鍔ですか。)
(そ、ここ来る前に貰ってきた)
(鴻闇様が戻ってくる前に食べなくては、)
(見付かったら面倒だしな)

(09.06.14)

ようやく出せました、最後のお人。
謎解きは少しずつ。
もう少し引っ張っても良かったかなぁ。
副題は「鴻闇の愛情」だったりします。