「兵助、落ち込んでるの?」
雨の降ったその日、いつも来る兵助は姿を現さなかった。
前を向くあなたの眼が好き
線で風景を描く雨音が耳の横にあるコンクリートを打ち、音を奏で始めた。
タン タン タン
一定じゃないリズムを刻んで、ただただ人を待つ私を嘲笑って。滑稽な姿だなって雨が笑う。
ごめんね滑稽な姿で。悪かったね、無様な人間で。
タン タタン タン
何度何度この空を見てきたかな?だから最近勘が良くなった。この雨は通り雨で、きっと後数分で止んでしまう。彼が来ないのに、止んでしまう。
「授業始まるよ〜。」
「サボる〜。」
「了解。」
ン タタン タン タ
ねぇ、兵助。自惚れだったのかな?雨が降れば会いに来てくれる、なんて。偶然だったのかな?心配しに急いで来てくれる、なんて。
タン タン タン
リズムが遅くなり始めた。ああ、止んでしまうよ。止まってしまうよ。止まらないで、奏でていてよ、彼が来るまで。自分の身が濡れたって構わない。彼が来るまで動かない。彼を心配させてるのは分かってる。それでも、これはただの我侭だけど。それでも。
「選抜のさ、合宿があったんだけど。」
彼と知り合う前、仲間になる前、彼氏になる前、兵助のするサッカーを見たとこがある。
「その〜〜、なぁ・・・」
サッカーを好きな彼。サッカーボールを見る彼。ゴールに向ける彼の目。決めた後の嬉しそうな顔の表情。
「俺からは言い辛いんだけど・・・」
多分その時からだよ。兵助のこと、好きになったのは。
「じゃあ、聴かないよ。」
サ ッ カ ー に 向 け る そ の 情 熱 。 羨 ま し い と 思 っ た の は 、 も う 何 回 目 ?
「兵助から聞きたいから、鳴海からは聴かないよ。」
これはただの逃避だとしても、そうじゃなかったとしても、私は兵助からしか聞きたいと思わない。だから、
「兵助のこと仲間はずれにしないで。」
サッカーを好きだと言う兵助。
兵助を好きだと言った私。
私を好きだと言ってくれた兵助。
兵助に愛されているサッカー。
「きっと、大丈夫だから。」
コンクリートの上に積もる、薄っすらとした水の幕、ぽたりと前髪から垂れる水が波紋を作って消えた。それの繰り返し。冷たい冷たいコンクリートが濡れたソックスやらスカートやらから染み込んで、既に体温に混ざり始めた。雨の感触は直ぐに消える。雲の辺りは風が吹いていて、雲がその身を急かされるように動かし始めた。その奥から覗く、夏特有の暖かく、刺すような日光。初めてだった。いつも待ち遠しいはずの日の光に負の感情が混ざったことは。
「バーカ。」
じわり じわり
太陽が私から水分を奪っていく。奪って逝かないで、返してよ。小さな小さな雨粒にして、もう一度私に返してみせてよ。
遠くでチャイムが鳴った。それでも私は動かない。これは私の小さな我侭。呆れられるくらいに小さな小さな我侭。
「馬鹿だろ、お前・・・」
どれくらい経ったかなんて判んない。けどチャイムがまた鳴って、地面に落ちた水が乾き始めた頃、そんな声が聞こえてきた。振り返ることはしない、ただじっと空を見る。ただじっと空を見て、何の答えも出さずに彼を待つ。さっきよりもイラついた声で「馬鹿」って聞こえてきた。雨音じゃない人の足音が近付いてきて、私の後ろに止まる。
「なんでこんなとこにいんだよ。」
「なんで何も言わないんだよ。」
「なんで、」
「なんで、」
「・・・」
ねぇ、兵助、私は君の執着する目が好きなんだよ。そう言ったらどんな顔をするのかな、なんて考える。
サッカーを好きだと言う兵助。
兵助を好きだと言った私。
私を好きだと言ってくれた兵助。
兵助に愛されているサッカー。
憎らしいほどに誇らしげで、泣きたいほどに誠実に、彼のその口は真実だけを告げている。彼の語るその眼は、ありのままの兵助を私に見せてくれる。サッカーが好きだと、だから、悔しんだり喜んだりできるんだ、と。
「っ、」
「うん、お疲れ様。」
泣きそうなほど歪んだ声に、私は漸く言葉を返す。「次がある?」勝負の世界に2度目はない。「また頑張れば?」それは今までの努力を否定する。何を言えば言い?何を言えば嬉しい?分からない。分からないよ。
「っ、悔しい・・・」
「うん。」
地面に落とされたタオルの白が水溜りに移る。柔らかな衝撃が背中を伝ってきて、首下に感じる温度と背中に感じる存在。兵助が、そこにいる。
「冷てぇ・・・」
「うん、雨に濡れたからね。」
「バーカ。」
「うん。」
じわりじわりと私の服の水気が兵助の服に伝わる。それを気にもとめようとしない。だって、少なくとも今兵助と私は『水』で繋がっている。繋がっていられる。それが嬉しい。これが私の小さな我侭。
「悔しいっ、」
「悔しい?」
「っ、・・・」
頷きを見せる兵助の頭の動き。それだけで満足だよ。だからそろそろ前を向こうか。
兵助の前を見る眼が好き。
サッカーを見るあの目が好き。
ゴールを目指すその眼が好き。
だけど、だけどね?真っ直ぐ前を向くその眼が、途中で寄り道するのも、私は好きなんだよ。だからね?余所見はほんの一瞬で良いよね?前を向こうか。サッカーが好きなら。
「良かった。」
「?」
「悔しいってことは、兵助。まだサッカー好きなんだよね?」
「・・・勿論。」
「じゃあ、前に進むしかないよね。」
「?」
「置いてっちゃうよ?兵助。」
貴方が前を向いているなら、貴方の視界の中にいたいと願う私は、貴方の前にいるしかない。それでいいと思ってる。たとえ隣に来ても、後ろには行ってあげないから。
「大好きだよ兵助。」
「・・・・・・」
「だからちゃんと、雨の降っている間に、迎えに来てね。」
「・・・・・・うん。」
仕方ないよ、サッカー好きなんだもん。兵助はサッカーを愛してるから。私がサッカーが嫌いだと言っても、それだけ兵助のこと好きってことで許して?
「。」
「ん〜?」
「好き。」
「うん。」
「好きだ。」
「知ってる。」
「今度俺も一緒に雨に当たるから。」
「気持ち良さそうだよね〜。」
泣くように笑うように、兵助が抱き締める手に力を込める。水気が兵助に移って、兵助の熱が移ってくる。兵助の手に腕を添えて、じっと眼を閉じる。背中から伝わる兵助の鼓動が心地好くて、そのまま瞼は下がる一方。
「兵助。」
「・・・ん?」
「眠いよ。」
「俺も眠い。」
その次もサボりだな、なんて兵助の言葉に笑って私は静かに目を開けた。目前に広がる青い青い透明な空。広大な空。雨は上がった。後は晴れるのを待つだけ。
そんな真夏の3時間目。次の時間は国語だったかな。
―おまけー
「そして俺達もサボり決定☆」
「どーして俺まで・・・」
「旅は道連れ、容赦なし。」
「筧さーん、言葉が違いマース。」
「開けたら音がするのが恨めしいわ。」
出刃亀部隊は今日も平和です☆
(柔らけー。)(ちょっと硬い。)
(抱き心地いい。)(抱かれ心地いい。)
(・・・・・・)(・・・・・・)
((セクハラ?))