「迎えに行かなくていいの?」
雨の降ったその日、俺はの前に姿を見せなかった。
前を向くあなたの眼が好き
窓の外、暗い色で揃えられた風景に残像のように残る雨音が織り成す線と奏でた音。雨が降ってきたと、認識するのに時間が少しだけ必要だった。
トン トン トン
何かの金属部分に当たる伝い水が一定のリズムを刻んで落ちている。その音は嫌でも上で俺を待っているだろう待ち人を思い出させた。
その姿を滑稽だと、嘲笑う。あいつは滑稽なんだと、雨が歌う。お前も滑稽な姿だろ。悪かったな無様な人間で。
トン トン トン
重力に従って堕ちている雨音が耳障りだと感じる。喧騒の只中にいても、考えるのは今ごろ外にいるあいつのこと。一歩一歩確実に、空を見ながら確実に、空を見上げるを想像して、小さく作られた笑みは解けて消えた。この雨はじきに止まる。単なる通り雨。だから俺が行かないのに、止んでしまう。
「ちゃん、待ってんじゃねぇーの?」
「五月蝿い。」
「へいへい。」
トン トン トン
なぁ、。自惚れてもいいか?雨が止んでも俺をお前は待っていると。信じていいのかな?お前を心配する俺は救われると。
トン トン トン
リズムが遅くなり始めた。ああ、止んでしまう。止まってしまう。止まるな。まだ奏でていろ。俺があいつに会えるまで。そんな思いと裏腹に動く俺。会いたいと思うのに身体は動いてくれなくて、まるで俺とを試すように俺は窓の外を見続けた。心配するだろうか?現れなかった俺を。待っていてくれるだろうか、行くことを拒む俺を。信じていてくれるだろうか、行こうと望む俺を。我侭だ。本当に、醜い我侭だ。だけど、
「設楽から聴きたいんだってさ。」
と会話する前、仲間になる前、彼女になる前、の前を見る目を見たことがある。
「お前から、直接。」
的を射抜くその眼力。強い眼力を放つ。が構えるその凛とした弓矢。弓矢が狙い続けるたった一つの的。目標に向かって前に進むその意思強い眼。
「だから俺等からは言ってない。」
多分その時からだ。のこと意識するようになったのは。好きになったのは。
「お前がちゃんと言え。」
的 を 射 抜 く そ の 凛 と し た 静 寂 。 羨 ま し い と 思 っ た の は 、 も う 何 回 目 ?
「は絶対待ってると思うよ。」
これはただの願望だとしても、そうじゃなかったとしても、俺はに俺以外から話させようと思わない。だから、
「はお前から離れたりしないから。」
的を得ることのできる。
を得たいと思う俺。
俺を得たいと思ってくれる。
に射取られた数々の的。
「きっと、大丈夫だから。」
コンクリートの上に積もる、薄っすらとした水の幕、ぽたりと屋根から垂れる水が波紋を作って消えた。それの繰り返し。冷たい冷たいコンクリートが水溜りで濡れた靴裏からソックスに染み込んでくる。高ぶった体温は吸収され、補おうと動く身体。雨の感触は直ぐに消える。雲の辺りは風が吹いていて、雲がその身を急かされるように動かし始めた。その奥から覗く、夏特有の暖かく、刺すような日光。初めてだった。いつも心待ちにしているはずの日の光に負の感情が混ざったことは。
「バーカ。」
じわり じわり
太陽が俺から水分を奪っていく。奪って逝くな、返せよ。小さな小さな雨粒にして、もう一度俺達に返してみせろ。
遠くでチャイムが鳴った。それでもは動かない。俺も動かない。これは俺の小さな我侭。呆れられるくらいに小さな小さな我侭。
「馬鹿だろ、お前・・・」
どれくらい経ったかなんて判んない。けどチャイムがまた鳴って、地面に落ちた水が乾き始めた頃、そんな声を自ら発した。我侭はあっという間に崩れ去る。は振り返らない。ただじっと空を仰ぎ見ている。ただじっと空を見て、何の答えも出さずに俺の言葉を待っている。さっきよりもイラついた声で「馬鹿」って言った。小さく跳ねる水が足に当たる。俺は動かしていた脚を後ろで止める。
「なんでこんなとこにいんだよ。」
「なんで何も言わないんだよ。」
「なんで、」
「なんで、」
「・・・」
なぁ、。俺はお前の射抜く鋭く静寂な目が好きだよ。そう言ったらどんな顔をするんだろう、なんて考える。
的を得ることのできる。
を得たいと思う俺。
俺を得たいと思ってくれる。
に射取られた数々の的。
憎らしいほどに誇らしげで、泣きたいほどに誠実に、彼女のその眼は真実だけを俺に語る。彼女の問うその眼差しは、ありのままのを俺に見せてくれる。俺を好きだという。的を射抜くその眼差し。同じだ。同じだった。
「っ、」
「うん、お疲れ様。」
泣きそうなほど歪んだ声が地面から反響して、の声が耳に届かせる。きっと「次がある?」なんて言われれば、勝負の世界に2度目はないと言っただろう。「また頑張れば?」なんて言われれば、今までの努力を踏みにじられたと思うだろう。それは今までの俺を否定する。何を言われたい?に何を言われたいんだ?分からない。分からない。
「っ、悔しい・・・」
「うん。」
手に持っていたタオルが風に舞う。の近くに落とされたタオルが水を吸う。衝動的に目前にあるその大切な身体を両腕で抱き締めた。首下に頭を乗せて、額から、頬から、唇からの体温と存在を感じる。が、そこにいる。
「冷てぇ・・・」
「うん、雨に濡れたからね。」
「バーカ。」
「うん。」
じわりじわりとの服に染み込んだ水気が俺の服に伝わる。それを気にもとめようとは思わない。だって、少なくとも今俺とは『水』で繋がっている。繋がっていられる。それが嬉しい。これは俺の小さな欲。離れたくない。
「悔しいっ、」
「悔しい?」
「っ、・・・」
悔しかった。落ちたことも、負けたことも、敵わないことも。小さく小さく頭を動かす。悔しくて悔しくて、仕方なかった。残りたかった、高みの場所に。前に進むために、俺はここで躓くんだ。
の前を見る眼が好き。
的を射抜くあの目が好き。
弓と身体を纏うあの静寂な眼が好き。
だけど、だけど?真っ直ぐ前を向くその眼が、途中で後ろを向いて、俺を見る。それが堪らなく好き。だけど、お前は前を向いているほうが良い。だから、振り返るのは少しで良い。俺にだけ見せてくれればそれで良い。その眼で俺だけを見ていてくれるならそれが良い。
「良かった。」
「?」
「悔しいってことは、兵助。まだサッカー好きなんだよね?」
「・・・勿論。」
「じゃあ、前に進むしかないよね。」
「?」
「置いてっちゃうよ?兵助。」
お前が前を歩くのなら、俺はお前と対等に歩きたいと思うから。だから前に進むしかない。立ち止まるなんてことできない。余所見もしない。それがいいと俺は思う。お前は、たとえ隣に行っても、共に歩く何てことしてくれないんだろ?
「大好きだよ兵助。」
「・・・・・・」
「だからちゃんと、雨の降っている間に、迎えに来てね。」
「・・・・・・うん。」
仕方ないよな、お前は前を向いてるんだから。前を見て、俺を待っていてくれるんだから。俺がお前の足枷になったとしても、それだけのこと好きってことで許してくれる?
「。」
「ん〜?」
「好き。」
「うん。」
「好きだ。」
「知ってる。」
「今度俺も一緒に雨に当たるから。」
「気持ちよさそうだよね〜。」
泣くように笑うように、を抱き締めている手に力を込める。水気が移ってきての熱が伝わってくる。が手を添えてきて、じっと眼を閉じている。前から伝わってくるの鼓動を聞きながら、俺の鼓動も聴かせる。シンクロするように鳴る音が心地好い。
「兵助。」
「・・・ん?」
「眠いよ。」
「俺も眠い。」
この次もサボりだな、なんていったら、は笑って静かに目を開けた。顔を上げれば目前に広がる青い青い透明な空。広大な空。雨は上がった。後は晴れるのを待つだけ。
そんな真夏の3時間目。次の時間は社会だったはず。
―おまけー
「テスト大丈夫?」
「数学プリーズ。」
「んじゃ英・国語宜しく。」
「英語と国語?どっちも苦手なんだけど?」
「知ってる。ちょっと虐めてみた。」
「・・・・・・理科と社会ヤマ教えてやんない。」
「げ・・・」
テスト週間はお泊り決定?
(兵助、心臓早いよ?)(嘘付け。)
(いや、ホントホント。)(も早い。緊張?)
(・・・・・・)(・・・・・・)
((泊まりか///))←二人して照れてる。