彼を見ていると、どうしようもなく愛おしく見える。
重症だなと自覚したその日、私達は一歩前に歩みだす。
あなたを好きだと言う心
「ちゃん、早く!!!」
「あー、もー、この青春娘め!!行きたいなら先に行きなさいよ!!」
「えー!!」
都大会決勝。私達はその会場に向かっている。手に抱えた大荷物がとっても邪魔だ。こんなことなら西山田に頼めば良かった。なんてちゃんが後ろで騒いでいる。そう私達も都大会があったばかり。ついさっき終わって運よく近いサッカー部の試合会場に向かっている。
兵助から決勝に行ったと聴いて居ても立ってもいられずこうして向かっているわけだけど、最初は一人で来るつもりだった。だってちゃんだって疲れてるから付き合わせちゃ悪いと思って。だけど結局、『着いてくに決まってるでしょ!!に変な虫がついたらどうするの!!!』なんて叫んで一緒に走ってきてる。本当に会場が近くてよかったと思うよ。
人ごみが見えてきて、盛大に沸く大歓声。緑色のフェンスが見えてきて、その向こうに土色のグラウンド。疎らに動く人影が見えてきた。私は急いでその人の隙間を縫ってフェンスにしがみ付く。付いたと同時に持っていた大切な弓道道具は地面とこんにちは、だ。
目の前を走る白黒のユニフォーム、それを追いかける赤のユニフォーム。武蔵森と明星のユニフォームだ。確か、そう藤代誠二と言っただろうか。兵助と同じFWで敵のエース。追い付いてきたちゃんがあー、危ないと声を荒げる。それを聞こえていない私はただ兵助の姿を探すばかり。
―――居たっ!!
武蔵森ゴール寄りの中央辺りにマークされている兵助を見つけた。同じくらいの身長の武蔵森の選手に張り付かれている兵助が陣地ゴールの様子を見つつ、振り切ろうとしている。兵助の攻撃は鳴海が動くからこそ機能するのであって、二人に張り付かれた鳴海の状態ではかなり不利。
サッカーのこと詳しいわけじゃないけど、とにかくそんな感じなんだと思う。がんがん攻める明星とじっと守る武蔵森。そんな感じがする。勿論明星の守備が弱いとか武蔵森の攻撃が弱いだとかそういうことを言ってるんじゃない。どちらかといえばそういうタイプと言うだけでけっしてそうじゃない。現に攻め込まれている明星と攻め込んでいる武蔵森の図式が目の前にあるから。
「あっ!!」
後ろにいたちゃんの声にゴールのほうを見ると、ネット内に転がるボールが眼に入った。入れられてしまった。そうなれば再スタート(リスタートと言うらしい)が行われる。
試合展開をまるで見ていたなかった自分に少々呆れながら、やっぱり自分には兵助しか映っていなかったんだと自覚した。
兵助が好きなサッカーを理解しようといくらサッカーの試合を見ても、必ずと言っていいほど目線は兵助ばかりを見ていて、勉強するどころの話じゃない。重症だなって呟いた声に、ちゃんがいつもしかめっ面。「あー、このバカップルめ」これ最近の口癖。
気付けば試合が終わっていた。さっき武蔵森が入れた点が決勝点だったらしく、点差はわずか1点。ホイッスルが高らかと鳴る中、私は一人ぽつんと浮世離れしそうなほど心は別のところに飛んでいた。
悔しそうに眉を潜めた兵助が見える。筧君が近寄っていって不機嫌そうな兵助の頭を背伸びしながらぐしゃぐしゃにした。ああ、泣きそうなんだ、兵助。2年である兵助が3年の筧君と鳴海と一緒に出れる試合はこれが最後となったから。いくら都大会2位でも、彼等は全国大会には出れない。
兵助はこのチームにそれなりの思い入れをしていたから。だから悔しくて泣きそうなんだ。それをただ見せないだけで。
部活ではまだまだ一緒に出来ても次の大会(おそらく新人戦)は2年主体のチームに変わる。それを任される一人になる兵助。言葉で言わない兵助だけど、だけどできるならもっと一緒にやっていたかったに違いない。
あれで、鳴海とコンビを組むのが好きだから。
「なーんで、が泣きそうになるかなぁ。」
「・・・・・・兵助が泣きそうだからだよ。」
「・・・・・・ああ、そう。」
呆れたように、でもどこか慰めるように、ポンポンと私の頭をはたいてちゃんは後ろで私の様子をただ見ていただけだった。
手に掴んだフェンスに食い込んで血色が悪くなるほど握る。悔しいな、なんて思って、小さくうつむいて。泣きそうな顔を浮世の中に見せないように顔を背ける。背けても、現実は変わらないのに、私が試合をしたわけじゃないのに、泣きたくなった。あんな兵助を見ていたから。勝手に、一方的なシンクロをしてしまったみたいに。
「ねぇ、ちょっと。」
「っ!!」
真隣から聞こえた声に、私は驚いて顔を上げた。声のしたほうに顔を向けると、私より少し小さめの可愛らしい、ユニフォームを着た少年?が両腕を抱えて立っていた。私はただ瞬きを繰り返すだけしかしていられなくて、少年の言葉を待つしかなかった。
「何泣きそうになってるのさ、あんたが試合したわけでもないのに。追っかけもそこまで良くと怖いよね、ストーカーみたい。って言うか邪魔なんだよね。足元にあるのサッカーに関係なさそうなものじゃない?道に転がらせといて、あんた大丈夫?さっさとどかしてよ。」
「・・・・・・」
マシンガントークを食らわされ、私は流れそうになった涙も驚いて引っ込む。可愛い顔なんていったらますます悪化しそうで止めた。人間、己の勘は信じるもんだ。
「何?無言?何も言い返さないの?それって失礼じゃない?」
「え、それを貴方が言いますか・・・」
明らかに初対面でマシンガントークを食らわせてくるほうが失礼だと思うのは私だけなんだろうか。あ、ちゃん私のこと助ける気皆無のようです。だって顔が思いっきり笑ってるもの。
「それ、どー言う意味?」
「初対面で礼儀無くマシンガンぶちかます人のほうが失礼じゃないんですか?」
「―――ブッ!!」
あ、この人の後ろの人が笑い出した。どうやらつぼに嵌ったみたいで、少年が喝を入れても止みそうにない。私と同い年くらいの浅黒い男子に命令したことから、彼は私と同い年か年上と言うことになる。しかし、小さいな、筧君も小さいけど。筧君私と同じくらいの身長だったはず。
「面白いね、あんた気に入った。俺は飛葉中3年椎名翼。あんたは?」
「(年上だったんだ・・・)明星2年のぉっ!!」
突然、フェンス反対側から伸びてきた(以外に網目が大きいことに今更ながらに気付いた)日焼けしない細身の腕、私はその手に引っ張られた。その衝撃を辿ってフェンスを見ると、そこには『激』が付きそうなほど機嫌の悪さを表した兵助の姿。兵助の手はきっちりと私の手を掴んで、その眼は真っ直ぐ少年・椎名翼を睨んでいた。
「何か用?えっと、設楽?」
「・・・・・・手、出すな。」
「何?こいつはお前の彼女だった?」
「うん。」
ドキッパリと臆すことなく椎名の目を見てを抱えながら兵助は答えた。
「これ、俺のだから手だしするな。」
怒ってる。
直感的にそう感じた。「兵助?」と顔を覗くと、幾分かは弱まったものの、椎名を睨みつける鋭さは変わらない。兵助は用はないとばかりに「おいで」と言って、私をフェンスの切れ目(出入り口)に呼んだ。背くことは得策じゃないなと思った私は兵助の後を追う。後ろで「荷物預かってるからねぇ」と言うちゃんの声に感謝だ。
フェンスの切れ目に差し掛かると、そこで私達を区切っていたある意味忌々しい囲いは消える。ギュっと直に私の手を握って兵助は引っ張ったまま人気の無い物置か何かの傍に歩いていった。私はただそれに従った。手にタオルを持つこと無く、腕を握っている掌には汗が伝う。そうだよね、さっきまで運動してたんだもん。
歩く背中を見つめながら、歩調スピードを速め引っ張られることの無いように急ぐ。物置横に差し掛かったとき、兵助は回りに人がいるいないお構いなしに正面から私を抱き締めた。兵助のほうが身長が高いから、私の顔は兵助の胸板辺り。うわっと言う声も紅いユニフォームに吸い取られる。ぎゅっと兵助が背中に腕を回して、顔を右肩に置いた。
「・・・・・思った・・・」
「ん?」
「、あいつに・・・・・・取られるかと、思った・・・」
力強く抱き締めて、兵助が喋るたびに髪と耳の鼓膜を揺らす。心地好すぎて泣けてくる。兵助の少し熱を持った身体全体の温度が気持ちよくて、ずっとこのままで居られたらなんて思った。少しだけ掠れた兵助の声の波が、私の肌に当たってくすぐったい。
「は、俺の。」
「うん。」
兵助の背中に腕を回すことで肯定の意味を込める。気付いたのか嬉しそうに笑うのが気配だけで分かった。ああしまった、笑った顔見れないな、なんて考えるくらいの余裕は、まだ残っている。細いのに割りと筋肉のある身体をまとうユニフォームを、さっきまで囲いを握っていた指で再度力強く握りこむ。離さないとの意思表示。誰が読み取ってくれるんだろう。大丈夫だよ、という言葉を何が伝えてくれるんだろう。
「。」
それは実は簡単なことで、優しい兵助の声に私は顔を上げて、兵助の顔を覗き込む。眼と目が合って、合図は発することも無く、どちらからともなく唇を合わせる。きっと伝わると信じて。好きだという意味を込めて。
離したとき、兵助がまた私の肩口に顔を埋めるのが分かった。どうしたんだろう、と黙ってみていると「はずい・・・」と照れたように小さく自嘲するかのように笑った。きっと顔が赤いんだと思う。それを隠したくて思いっきり抱きついてきたんだ。まるで母親にすがる赤子のように。
かくいう私も今の顔はかなり赤いと思う。だから兵助を真似して、頭を乗せたことで露になるちょうど頭の位置まで下がった兵助の右肩に額を置いた。兵助の肩と私の額に挟まれた前髪が擦れてジリと言う音をあげるけれど、それにお互い聞こえないふりをする。心臓が五月蝿いくらいに鳴っていて、それがどちらの物か分からない。もしかしたらどちらのものでもないかもしれないし、お互いのものかもしれない。だけどそのシンクロする心が嬉しくて、顔が赤くなるのが分かる。やっぱり私はもう重症なんだ。
「、泣きそうだった。」
「ぅん?いつ?」
「さっき、見てただろ。」
「・・・気付いてたんだぁ?」
「がいると、すぐ分かるから、俺。」
「///」
ああ、やばいな。滅多なことじゃ照れないのに。うん、自分でも分かってる。そんな人間だて分かってるから、自分が今凄く貴重な体験してるのは分かってる。
「に光が当たる。」
「ひ、かり?」
「が居る場所だけ、綺麗に光る。」
兵助さん、それはかなりの殺し文句では?
どうしよう、どうしよう、どうしよう(エンドレス)今更気付いた、兵助って誑しだ。絶対。なんでこんな、こんな///
「?」
「・・・兵助、卑怯・・・」
「なんで?」
「・・・」
天然だ。絶対。そんなところも好きだと思う自分がちょっとだけ悔しくて、無言のまま兵助の顔を見上げていた。顔が赤いのも忘れて。
「・・・」
「ん?」
ぎゅっと身体を引き寄せられて、兵助の綺麗な指が顎を掴んで、そのまま唇を合わせた。驚きのあまり目も瞑れないほどの硬直状態でも兵助は離してくれなくて、ただ優しいほどに合わせるだけの甘いキス。閉じた瞼に生える兵助の睫毛は髪と同じくらい柔らかそうで、それでいて綺麗な茶色。日に透けて見えるそれ。綺麗だな、なんて頭のどこかで考える自分がいて、ゆっくりとスローモーションを見てるかのように開く兵助の目に比例して私はゆっくり目を閉じた。
「が好き。」
小さく小さく呟かれた声に返事を返して、私達は一歩前に進みだす。進みなら一緒が言いと誓い合って私達は始めてのキスをした。
―おまけー
「俺らって超余計じゃね?」
「何言ってんの鳴海、シタランにマジカノ誕生だよ!!」
「うひゃー、長ぇ。あれ舌入ってんすかね?」
「ありゃ、入ってねぇな。」
「なんであんたが分かるか謎よねぇ。」
「いや、口の動きとかでよ、分かるだろ。遠いけど。なんなら試して・・・」
「ウフフ、骨は拾って差し上げてもよくってよ?」
「すんませんでした。」
『今サッカーの大会中だって、気付いてますか?』(←他の皆さん)
(そーいやそっちは?)(団体戦優勝v)
(おめでとう。)(ありがとう。)
(・・・・・・)(・・・・・・)
((個人戦明日だなぁ。))