彼女を見ていると、どうしようもなく愛おしく見える。
重症だなと自覚したその日、俺達は一歩前に歩みだす。

あなたを好きだと言う心

の方はどうなっただろうとふと思った。サッカーの試合中にそんなこと思うだなんて、俺重症なんだなって自嘲する。目の前では藤代がボールを持ってゴールに走りこんでいった。俺をマークしている笠井と眼が合って、お互いに挑発的な視線を向けた瞬間、わっと観衆が沸きあがった。

ああ、入れられたんだ、と。

笠井が小さくガッツポーズをしたのが見えた。急がなきゃならない。試合終了まで時間がない。リスタートのためにボールがセンターラインに戻ってくる。そのときふと俺はその方向に目を向けた。そう、理由があるわけじゃなく、ただ向かなきゃならないと思ったから。

そこにいた人物に俺は驚いた。緑色のフェンスに指を絡ませて、じっとこっちを見ているの姿。ああ来てたんだ。と思う。


「設楽!!」


鳴海に呼ばれそれだけを見て俺は位置に戻る。昼過ぎに決勝だってメールで言ったからきっと駆けつけてくれたんだと思った。弓道部だって団体戦の試合があったはずなのに。会場が近かったからこれたんだろうけど本当ならこれないかもと思っていただけに、少し嬉しかった。だけど、それどころじゃない。
今負けているのは明星。勝っているのは武蔵森。しかも時間はごく僅かで、このままじゃこのチーム最後の試合になりかねない。それだけは阻止したい。鳴海には言わないけど(調子づくから)俺はこのチームが好きだから。


結局試合は負けた。藤代のいれた点が決勝点になった。点差は僅か一点。だけど負けは負けなわけで。


「・・・」




あーあ、と声に出さずに俺は息をつく。負けたと復唱して、何度も何度も復唱して、気付いたら目の前に筧がいた。「ひっどい顔〜」と背伸びして俺の髪をぐしゃぐしゃにする。分かってるんだ、これが最後だってこと。どの中学もそうだけど、この夏の大会が終われば3年は引退。それに次の試合は新人戦。明日から新人戦に向けた練習が始まる。そう、最後なんだよ、この人達とやれる試合は。


「シタランも可愛いとこあるねぇ。」
「なんすか、それ・・・」
「楽しかったよ、設楽。」
「っ・・・」
「あと宜しくね、キャプテン。」


ポンポンと頭を軽くたたく筧に泣きそうになる。泣き顔なんて見せたいと思わないから、だから力んで泣くまいとするけど、余計顔の筋肉が歪むのが分かった。これじゃ丸分かりだ。くそ・・・


「明星を宜しく。」
「・・・はい。先輩・・・」


握手するのなんだからとタッチで返す。泣きそうになる顔をなんとか思い出してふとじっとの居るほうに視線を向ける。俺の視線の先を追っているらしい筧がおやっと声を上げたのをきっかに俺は動き出した。の下に。

「初対面で礼儀無くマシンガンぶちかます人のほうが失礼じゃないんですか?」
「―――ブッ!!」

の声と、確か飛葉の椎名と黒川。黒川がの言葉に噴出したのが分かる。椎名が黒川を咎めるがそれでも黒川は笑いを抑えられないようだった。近付けば近付くほどその声は鮮明に聞こえだす。

別に椎名がそうと言うわけじゃないけれど、できるならには自覚してほしい。自分が少し変わった美少女だってこと。(俺が言うと変だって鳴海が言ってたなぁ)その少し変わったを気に入るのが何も俺だけじゃないってこと。個性の強いあの椎名がを気に入らないわけがない。


「面白いね、あんた気に入った。俺は飛葉中3年椎名翼。あんたは?」
ほらやっぱり・・・。

「明星2年のぉっ!!」

が名前を言う前に、俺は網目の大きいフェンスの隙間からに向かって手を伸ばし、その手を掴んだ。制服の半そでから出る白く細い腕を掴んで、引っ張る。離さないというように。それに気付いたがこちらに顔を向けた。驚いたように目を瞬きさせるの姿。俺は真っ直ぐの前に横に居る椎名を睨む。触るな、話しかけるな。もし言葉にしていたならきっとそういっていた。


「何か用?えっと、設楽?」
「・・・・・・手、出すな。」
「何?こいつはお前の彼女だった?」
「うん。」


臆すことなく椎名の目を見て俺はそういった。これは俺のだ。俺の大切な。誰にも渡さない。


「これ、俺のだから手だしするな。」


が恐る恐る「兵助?」と顔を覗き込んでくる。視界に移るのが忌々しい椎名の顔じゃなくての顔になったのを瞬時に感じた俺はふといつの間にか出ていた怒気を引っ込めて、だけど珍しく真面目な顔での顔をみる。駄目だ、もうここにいさせられない。他の奴なんかと話している場面を見たくない。あわせたくない。それがたとえ欲望のままの嫉妬心だとしても折れは抑え方なんて分かるわけない。



「おいで。」


とにかくここは大会会場。問題なんて起こせるわけがない。総動員させた理性を持って、俺はただそう無表情にに告げる。指差した場所はフェンスの出入り口。先に歩き出す俺の背中を追ってが歩いてくるのが分かる。「荷物預かってるからねぇ」と言うの声がする。そういえば大会のあとだからおお荷物だったんだ。と思い直して返り送っていこうとふと思った。


俺たちを分けていた忌々しいフェンスを越えて、出入り口を出た俺のもとに少し遅れて走ってきたの細い手を握って、人気のない物置横に連れて行く。ちょうど視覚になるような場所。汗で濡れた手。の手を握って初めてタオル使うのを忘れていたのに気付いた。だけど戻りたくない。戻ったらが一人になるから。だから戻らない。離れたくない。


誰もいないのを歩きながら確認するうち歩調スピードが速くなっているのに気付いた。だけどの手を握る右手に引っ張る感覚はない。ふとが俺に合わせてくれていることに気付く。ああ、情けない。

物置横に差し掛かったとき、俺はのあわてように気付くことなく回りに人がいるいないお構いなしに正面からを抱き締めた。俺のほうが身長が高いからちょうど両手の前にの頭。うわっと言う声も紅い明星のユニフォームに吸い取られた。ぎゅっと離さないように俺はの背中に腕を回して顔を右肩に置いた。


「・・・・・思った・・・」
「ん?」
、あいつに・・・・・・取られるかと、思った・・・」


小さく呟いた声。絶対に離すことのないように力強く抱き締めて、俺が喋るたびに、その微弱な風がの髪を揺らす。頬に当たるの髪の感触が柔らかくて気持ち良い。また泣けてきそうだった。の少し低めの体温が熱を持った俺の身体を冷やす。ゆっくりと時間を掛けて冷やす。それが気持ちよくて心地好くてずっとこのままで居たいと思った。俺の息にはくすぐったそうに身をよじる。


は、俺の。」
「うん。」


意地汚い独占欲だと思う。見苦しくて愚かで、だけど大切なんだ。腕の中にいる存在が大切すぎて周りが見えなくなるほど。それを望んでいる自分がいる。俺の背中にの腕が回る。それはまるで肯定したみたいで思わず嬉しくて笑ってしまう。嬉しくて嬉しすぎて、無表情だって言われるけど、そんなことない。大切な奴にしか見せないだけで無表情なわけじゃない。髪から香る香りに安堵する。がそこにいるのが嬉しくて抱き締める腕に力が篭る。それに答えるように俺のユニフォームを握りしめる。離さないとの意思表示みたいに思えたのは気のせいなのか。伝われば良い、伝えてくれればいい。伝わってくれば良い。の言いたいこと、言葉にしなくても、こうして傍にいるだけでしっかりと伝わってくれるなら。俺の言いたいことも伝えてくれるなら。


。」


それは実は簡単なこと。名前を呼んで、その俺の声に答えるようにが顔を上げて俺の顔を覗きこむ。眼と目が合って、合図は発することも無く、どちらからともなく唇を合わせる。きっと伝わると信じて。好きだという意味を込めて。

離したとき、俺はまたの肩口に顔を埋める。流石に素でキスするのはかなり恥ずかしい。しかも一応頭の隅に追いやられ気味だったけどここは人の目のある場所。「はずい・・・」自嘲するとが小さく笑うのが分かった。今きっと俺の顔は真っ赤だ。を抱きしめて顔を隠してないとそれが一発でばれるくらい。

かくいうも実は顔が赤い。ちらりと見れば顔が真っ赤だった。俺の真似なのかは頭を肩に乗せてきた。乗せたことで露になるちょうど頭の位置まで下がった俺の右肩にそっとが顔を近づけるのが分かった。俺の肩との額に挟まれたの前髪が擦れてジリと言う音をあげるけれど、それにお互い聞こえないふりをする。
心臓が五月蝿いくらいに鳴っていて、それがどちらの物か分からない。もしかしたらどちらのものでもないかもしれないし、お互いのものかもしれない。だけどそのシンクロする心が嬉しくて、顔が赤くなるのが分かる。やっぱり俺はもう重症なんだ。


、泣きそうだった。」
「ぅん?いつ?」
「さっき、見てただろ。」
「・・・気付いてたんだぁ?」
がいると、すぐ分かるから、俺。」
「///」

さっき見たとき、視界に納めたはまるで俺の身代わりに泣いてくれているようだった。悔しそうに歪めた米神の皺がそれを物語っていた。それが嬉しくて、嬉しくて、だけどを泣かせたいわけじゃないから我慢する。
の居る場所はいつも綺麗に色が付く。暗闇のカーテンコール前の舞台のように真っ暗なそこ。だけどがいるだけで、そこにスポットライトが当たって、の『色』が分かる。綺麗に綺麗に光るを照らすライト。


に光が当たる。」
「ひ、かり?」
が居る場所だけ、綺麗に光る。」

だから分かる。たとえ人ごみの中にいたっての居場所は直ぐに分かる。どこにいても見つけることが出来るくらい、俺はが好きなんだ。

?」
「・・・兵助、卑怯・・・」
「なんで?」
「・・・」

卑怯って、何が?卑怯でも良いよ別に。それでが傍にいてくれるなら、いくらだって俺狡賢くなれる。そう思う。は顔を上げて、俺の目をしっかりと見る。顔は真っ赤。耳まで赤くて熱を持っていた。人よりほんの少しだけ体温の低いが真っ赤になって熱を持ってるみたい。


・・・」
「ん?」

ぎゅっと身体を腰から引き寄せて、俺はの細い顎を掴んで上を向かせる。そのまま抵抗される前に唇を合わせた。視界を開けばだけじゃない他のものも映るから堪能できないとばかりに目を閉じて、は完璧に固まった状態らしく何もしてこない。逃げようともしない。暴れても離す気はないけれど、まだまだ優しく合わせるだけのキス。甘い甘いキス。がどんな様子か気になって、ゆっくりと瞼を開ける。マジかに迫ったの眼は開いていて、一瞬眼と眼が重なる。ただ俺が開くのと比例してはその瞼をゆっくりと閉じて行った。他の奴と比べるつもりはないけど、綺麗に生え揃った睫毛が微かに震えている。それが愛おしくてもう少しだけ見て居たいと思ってしまった。




「兵助が好き。」

小さく小さくにだけ聞こえるように呟いた声に、が返事を返してくる。その言葉を聞いて俺達は一歩前に進みだす。進むなら一緒が言いと誓い合って俺達私達は始めてのキスをした。









―おまけー
「明日部活休みにするからねぇ。」
「反省会すんじゃねーのか、筧。」
「やっだなぁ。あんな二人見て休みにしてあげない俺じゃないよvv」
「は?」
「つーわけだからシタラン、ちゃん連れてデートしてらっしゃい。これキャプテン命令。」
「職権乱用」
「乱用するための権利だからね。」
「それお前だけだっての。」
「そうか?」←渋沢
・・・・・・』(武蔵森&明星)






(する?デート。)(する!!)
(いや、大会は?)(、忘れてました。)
(・・・・・・)(・・・・・・)
((大会の後に、かな。))