機械仕掛けのマリオネット

無数の黒く太い鎖に両腕を掴まれ、まるでイエス・キリストの十字架のようにそこに眠る一人の女性。
シルバーブロンドは腰まで伸びていた。
鎖を覆うように囲む無数の黒薔薇。その女性に根付くように茎が彼女の身体を覆っていた。
両手を広げ、十字架のように吊るされているその女性。眼は瞑っていて、少し俯いた表情。
長い色のない睫毛が風に揺れる。鼻筋から何からバランスが良すぎるほどの美人。

身にまとうのは黒。黒のシックなロングスカート。
ワンピースなのか腰で巻いてるベルトはただ巻いている形であって、ベルトとして機能してはいない。
風が吹くたびはためくスカートの裾から覗く傷一つない素足。真っ白な肌。

彼女を見つけたのはちょっとした廃墟。ちょっとしたとは言えないかもしれない。なにせここは無人島。
昔、遥か昔、人が住んでいたと云われる孤島。島のほぼ中央に立っていた名も無き病院の廃墟。その地下。
頑丈な鉄の扉と施錠のための古い古い鍵。それこそ文献に載ってるような古臭い鉄の鍵。
今はどこもコンピュータで管理されたセキュリティを使用してるためかそんな鍵を見られるのは本当に数少ない。
それはつまりここがそれだけ古い場所、と言うこと。


Today. CE 2010: September 9


貼り付けられた壁の下。床に近い場所でその言葉を見つけた。
そこに書かれているのはおそらくこの女性が眠りに付いた日付なのか。
それともこの女性が造られた日なのか。
現在の日付は西暦3129年12月23日。およそ1000年居所も前の産物。
つまりこの廃墟も1000年以上も経っているということに鳴る。その割には全然痛んでいない。
少しの掃除と補強をすればまた病院として機能しそうなほど。流石に埃塗れだ。

なんで俺がこんなとこにいるかと言うと、それを話すと面倒だし長くなるから言わない。面倒ごとは嫌いだ。
ただそこに行ったらこの光景に巡り会った。それだけ知っていれば事足りるだろ?


俺はその女性に近付く。今にも息をしてその目を開けそうなほど、生気のある顔。ただ動かない蝋人形のよう。
恐る恐るではないけれどゆっくりと触れてみる。体温は無い。寧ろ冷たい。
布越しに伝わってくる温度はまったく無くて、逆に冷え冷えとするほど冷たい。まるで屍体のように冷たい。
肌触りはそこらへんの女よりもいい。だた体温がないだけど。瑞々しい肌。
肌と言っても足だけど、相手は生きてるか死んでるか、果ては人間かすらも分からない物。
もしこれで人間だったら(ありえないけど)人形かと思ったと思えば大抵は罷り通ると思う。つーか罷り通す。

そんな彼女をその鎖の中から抱き上げたのはきっと興味本位。
俺の手が触れた途端、鎖と黒薔薇はまるで砂になるようにボロボロと崩れ去った。黒い灰のように風に舞って消えていくその鎖。
ぐらりと彼女の身体が傾く。俺のほうに向かってきた身体を抱きとめて、そのまま地面に横たえた。
彼女を捕らえていた鎖や黒薔薇の蔦はまるで連鎖するようにどんどんと砂に侵食されて跡形も無く消え去った。
残ったのは、ただの金属の壁。だけど、


―――Cord.039tyi 870185Zz 753291pLttu No.000-00001 Name.T00-


その文字はその壁に彫られていたもの。何か尖ったもので彫られた跡。
その後に続く言葉もまた同じように彫られた後だった、必死になって彫ったものなのか、血痕らしきものまで見える。


「PASSWORD." Love of eternity to you. Beloved ."」
「・・・・・・―――
「っえ・・・」


微かな鈴のなるような声だった。俺以外に人のいないこの廃墟で最初に聴こえた他人の声。
小さく小さく鳴った遠くの鈴音のようにか細い女の声。カチリと何かが外れる音がする。
見れば、彼女の首に巻かれた趣味の悪い首輪。
悪魔のようなそれとも龍か、それは判断しかねるほど綻んでいたけれど確かに生物の形の彫られた機械仕掛けの首輪。
それが音を立てて外れた。鈍い音を立てて地面に落ちたその首輪。
パキリと音を立てて一部分で真っ二つになったその中身には複雑に絡み合った色とりどりのコードの数々。
ジジジ、音を立てるその奥にある機械部分はまだ微かに点灯していた。ただ機械部分は明らかに古い。
もし今の時代にこれと同じものを造れと言われたら無理だと悩むことなく言われるだろう。
ただ同じ機能のものを造れと言われたら、きっとこれよりも薄くてコンパクトのものが出来上がる。その確信は強くあった。


「・・・・・・翼・・・?」
「・・・喋った。」


先程よりもしっかりした声で、確実にどこかを見て彼女はそう喋ってた。他人の名前を呼んで。

「・・・誰、?」

翼じゃない。彼女はそのまま俺のほうを見てそう言う。しっかりと言葉を喋る考える。少なくとも人としての定義を持ったこれ。
人間か?分からない。人間だとしても1000年も生きる人間なんていない。
現在の寿命平均が100歳前後だったのに対し、1000年前はたしか80歳前後だったはず。
現在なら10倍。1000前ならやく12,3倍。ありえない。

「そっちこそ、誰?」
「・・・。」

Beloved .

と名乗る彼女。そして。同じだろうか。いやおそらく同じ人物。
は誰?と同じ質問を繰り返す。それに、俺は無機質な声で(狙ったわけでなく素がこれ)「兵助」と答えた。
彼女は繰り返すように「兵助?」と答える。

「あんた何者?」
「・・・?」
「・・・・・・」

駄目だと思った。こいつは何も分かっていないと。
無遠慮にの顔に触れると小さく身体を離される。離されるだけでそれ以上は逃げようとしない。
ただ怯えただけ。それをよしとして俺はの頬にしっかりと触れた。
暖かい。さっきまでは冷たかった肌の奥の体温。今はしっかりと暖かい。それこそ人間と同じ体温だ。

の眼が俺の顔を見ている。の眼は綺麗な赤だった。
それこそ血の色と言っても過言じゃないほど綺麗な綺麗過ぎる目だった。
出したての絵の具の赤のように真っ赤な赤。

「翼、どこ?」
「翼って誰?」
「お兄ちゃん。」

その言葉に俺は顰めっ面になるのが分かる。男か、と。どうしてそう思ったかなんて分からない。知らない。
けど確かに不快な思いをした。しただけかもしれないけれど。

「翼、怪我してる。」
「怪我?」
「血が出てる。」
「なんで?」
「黒い人、一杯来た。」

彼女の話は単発的だ。言葉を知らない子供のように、素直に見たままを答える。
つまり『黒い服を着た人が一杯来て、翼が怪我して血を出した。』と。

「長いの、持ってた。」
「・・・こんなの?」
「・・・それよりも長い。」

だけどこれと同じもの。つまりその翼と言う男はこの銃(おそらくマシンガン)で打たれて怪我をした。
1000年も前の時代、銃を持っていたとされる人種はそれこそ国家軍人。
今でこそ全民に普及しているこのピストルは持っていないとされなかった時代だ。
ここはその軍人に潰されたことになる。ただ問題は何をして潰された?そもそもこいつは何故1000年も生きていられた?

「お前、人間?」
「一括りはいや。」
「?」
、人間、名前じゃない。」
「・・・、お前は両親居た?」
「ううん。」

人間なら人間から生まれるはずだ。生物なら母親がいるはずだ。
ただしもしこいつが人工授精で作られたクローン体だったら母親もいたかどうか分からないけれど。
その可能性は低いとは思うけれど。

「お兄ちゃんだけ。」
「そ・・・」

気になるのはこの壁の日付と共に書かれたコード。

「―――Cord.039tyi 870185Zz 753291pLttu No.000-00001 Name.T00-
「?」
「聞き覚えは?」
「ある。」
「・・・なんで?」
「私の識別ナンバー。」
「識別ね・・・」

それだけじゃ分からない。
何か文献でも研究資料だけでも残っていれば良いのに。上の会にあった資料室あたりを探してみようか?
いや、こんな秘密裏に置かれたような場所の資料なんて置かれてるわけがない。確か隣にも部屋があったはず。
ただ鍵が3つも4つも付いていて面倒だったからこっちを先に壊しただけ。行って見るか。何かしらの資料はあるかもしれない。

「どこ、行くの?」
「隣。」
「・・・私、独り?」
「そもそも知り合いじゃないから。」
「・・・」
「・・・」

言葉無くしな垂れた。伏せ目がちなその表情からは悲しそうな感情しか浮かばない。
知り合いも居ない場所に、いるのは他人である俺だけ。不安になるも無理は無い。
だけど俺は他人と関わることが好きじゃない。同じ人間と関わるのは面倒極まりないし好きじゃない。

「翼って、誰?」
「?お兄ちゃん。」
「そうじゃなくて、どうして兄だって分かるのさ。」

これから先は推測の話。
この壁に彫られた乱雑な文字はきっとその翼が彫ったもの。


――PASSWORD." Love of eternity to you. Beloved ."
              (永遠の愛を貴女に。愛しい。)


きっとこれはその翼が彫ったもの。
死ぬ間際にでも書き残した彼女へのメッセージ。パスワードは多分、あの機械を外すパスワード。
機械系に詳しいわけじゃないけど専門の奴に見せればそれなりに俺の考えた答えと同じ答えが返ってくると思う。
きっとこの機械は、当時にしてみれば最先端技術を盛大に組み込まれた生命維持装置。
だけど年を取った気配もない彼女を見ていればそれは違うと分かる。でなければもう一つ。冷凍装置。
1000年前、人間を凍結させて未来に送ろうと言う実験がされ、失敗したと記録されていた。
もしそれがここで成功していて、彼女が第一の被験者だった場合。彼女は最大の生き証人。
随分レアなものを手に入れてしまったらしい。

「おいで。」
「?」
「お前を見つけたのは俺。だからお前の持ち主は俺。」
「・・・」
「付いてくるなら独りにしない。」
「ホント?」
「持ち物でいるなら。」

まずは調べてみよう、こいつのこと。ここで何があったのかも。
興味本位だとしても、それが何かに繋がるかもしれない。
ソレがたとえ何かの結末だったとしても。興味を抑えるつもりは無い。

「着いてくる?」
「うん。」
「おいで。」

身体を起こさないままのは俺の差し出した手に眼一杯手を伸ばし掴まる。
思いっきり引き起こすと、驚くほど軽い。
わっ、と声を上げて、抱え上げた。人とは思えないほど軽い。

(09.08.30)

意味がわからない。
しかも続きます。